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19 知らないと言う幸せ

 テーブルの中央には綺麗にラッピングされた包み。そのテーブルを挟んで私の向かいに座るのは髪を短く切り揃えた他の生徒とは少々異なる印象を受ける女子生徒。多くの女子生徒と異なり飾り気は無いが、それが彼女の凛とした雰囲気と相まって彼女の魅力を引き立たせていた。

 彼女は先日模擬戦で私と対戦した相手の中の一人でありそのリーダー格であったその人である。

 ――何故か今、私は自室で嫌がらせの首謀者である女子生徒と一緒にお茶を飲んでいた。



 何故そんなことになったのか。

 今日は休日なので午後はのんびり過ごそうと、リーゼたちと別れて部屋に戻ってからはベッドに転がり自堕落な時間を楽しんでいた。

 しかしそんな至福の時間の終わりを告げるかのようにノックの音が響き、私はしぶしぶとベッドがら起き上がると来客に対応するべくドアを開いたのだがその先に見えるのは廊下の壁だけ。人の姿も無くいたずらかとドアを閉じようとした矢先、足元から声が聞こえた。


「ラフィカ=ブロムベルクです。先日はご迷惑をおかけしました」


 視線をずらすとそこには比較的よく見かける色である焦茶の髪。深い謝罪の意を伝えるために用いられる手段である土下座の姿勢をとる生徒がいたのだった。

 扉が内開きだからよかったが、外開きであったなら間違いなく頭を殴打していたに違いない。


 ラフィカと名乗る生徒は廊下に額をつけたまま延々と謝罪の言葉を述べ続ける。何事かと通りすがりの生徒がこちらに向ける視線が痛い。きっと私が土下座を強要させていると思われているのだろう。

 本人が動こうとしなかったので、半ば引きずり込むような形で部屋の中へとラフィカを招き入れた。

 その時やっと気づいた。ラフィカが模擬戦で私がバラを蹴り上げ勝利したその時の相手であることに。


「とにかくそこに座って」

「いえ、私はここで」


 ラフィカは再び床に膝をつき土下座の体勢を取ろうとする。

 このままでは話が進みそうに無いので再び襟首を掴み無理やり椅子に座らせ、お茶を出す。するとさすがにもう床に這い蹲ろうとはせず、ラフィカは気まずそうに視線を伏せて持っていた包みを差し出した。


「これは?」

「今回の件で駄目にしてしまった教科書と鞄です」

「もう用意してくれたんだ。ありがとう」

「いえ、そもそもこちらが悪いのですから」


 綺麗にラッピングされた包みを開くと、教科書と鞄が姿を現した。

 鞄には可愛らしいピンクのリボンやら、何故かSクラスの印までもが付いている。確かに鞄を買う時は一緒にどのクラスかを申告して鞄にそのクラスの印をつけてもらうことになっているのだが私はSクラスではない。

 一瞬ラフィカの鞄かと思いもしたが、間違いなく鞄は新品でありこのために買ってきてくれたことは間違いない。……新手の嫌がらせだろうか。


「――この印Sクラスだよね」

「そうですが?」

「私Bクラスだよ」

「その点なら問題ありません。ですよね? クルト先生」

「ええ、問題ないですよ」


 ラフィカふいに入り口に視線を向け、この場にいないはずの人間の名を呼ぶ。するとそのいないはずの人間がドアを開いてひょっこりと顔を出して答えたのだ。

 ――この場合どこからつっこむべきか少々迷ったが、乙女らしい苦情から伝えることにした。


「部屋に入る時はノックぐらいしてください」

「えー……最初に言うことがそれ?」

「ではそのままお引取りください」

「エフェメラ君冷たすぎ! 僕先生だよ!?」


 嘆きながらもクルト先生は帰る気はないらしく、そのまま部屋に入りドアを閉めた。その様子からは悲しむフリをして構って欲しがる子供のような印象すら受ける。


「気配を殺しながら近づいてくるから誰かと思えば先生だったんですから。来るなら来るでもっと堂々としてください」

「……本当に、あの人の教育って……」


 もしかしたらラフィカが油断させて後から別の人間に襲われるのかともちょっぴり考えたのだが、馬鹿馬鹿しくなって気配を消す練習をしている変態でもいるのだと結論付けていたのだが――その変態がクルト先生だったとは。私では誰かとしかわからなかったが、きっとシスターならクルト先生だということまでわかっていただろう。

 クルト先生は存在に気づかれていたことがショックだったのか、勝手に空いた椅子に座りがっくりと肩を落とす。


「確かに私はまだまだシスターには遠く及びませんが、いつかはシスターの様な女性になるのが夢です」

「あの人は尊敬してもいいけど人生の目標にしちゃだめだから!」


 私の夢にクルト先生が悲痛な声を上げた。私がシスターを目指すことで先生の恋路の障害にでもなると思っているのだろうか。


「そうですね、アンリ=ブラウンはまさに戦神。戦うことを生業とする私たちから見れば崇拝する対象であって対等になろうと考えること自体おこがましいこと。ただエフェメラさんの場合は――」

「あーうん、ラフィカ君はブロムベルク中尉の娘さんだし……あの人もすさまじい実力主義の人だったから……しかたないか」


 至極真面目な顔でラフィカが頷く。まさかそういう意味で目標にしてはいけないということだとは思いもしなかった。


「ラフィカ君が特殊なだけだからね? この子の家はとにかく実力主義で自分より強い人間を尊敬しまくる癖があるんです。もちろんラフィカ君のお父さんであるブロムベルク中尉も。で、中尉はアンリと手合わせしてボロ雑巾のようになって以来アンリ=ブラウンを崇拝しているんですよ。かなり本気で」

「あれ、それだと私も一応彼女に勝って……」


 クルト先生の言葉に嫌な予感を感じて正面のラフィカを見れば、彼女は立ち上がりテーブルに、ごん、と頭を打ち付けるほど頭を下げる。


「あの優秀なお三方の近くにいるのがBクラスの最下位である貴方だと知り……相手の力量すら測れぬ未熟者です。私が貴方があの方々の隣にいるのは相応しくないという発言をしたばかりに……」

「えっと、念のため聞いてみるけど、ヴィルやマリウスについてどう思う?」

「そうですね、二人とも素晴らしい魔力の持ち主です。他の男子生徒のように筋肉がないわけでもなく……」

「外見は?」

「あぁ、確かにあの見た目なら女相手であれば相手を油断させられますね。ただ男相手には逆効果ですし、良くも悪くも目立ち過ぎる気がします」


 てっきり恋愛感情絡みの嫌がらせだと思っていたのだが……リーダー格であったラフィカにはその感情は皆無のようだ。それにあんな嫌がらせをするようなタイプにも見えない。どちらかといえば直接決闘を申し込んできそうなタイプだ。


「エフェメラ君。彼女は一部のタイプ以外にはとことん枯れてるからね」

「――そうみたいですね」


 クルト先生の言葉に首を傾げるラフィカは枯れているという意味すらわかっていないようだ。恐らく彼女が魅力を感じるのは魔力と筋肉などといった、普通とはかけ離れた所にあるような気がする。


「実際ラフィカは教科書とか鞄とかの事に関わっていないのね」

「いえ、そのような愚行に走る原因となったのは間違いなく私です」


 間違いなくラフィカはその家柄と興味の薄さから、本命の犯人に傀儡として利用されていただけだろう。嫉妬するような言葉を引き出したのもその本命の誘導によるものかもしれない。

 諸悪の根源はラフィカだと錯覚させ、本当の主導権を握る人物が他にいる。ラフィカに近くてラフィカよりも権力の弱いけれど狡猾な人間が。ラフィカはすべて自分のせいだと言っているが、その行動すら計算していたのではないだろうか。


「ラフィカ、私があの三人の隣にいるのは相応しくないって誰と話した?」

「それはメ――」

「それよりエフェメラ君、君明日からSクラスに編入だからね」

「――は?」

「それでちょっと手続きがあるから呼びに来たんだよ。ちょっと急ぐから一緒に来てくれる?」

「それでは私は失礼します。また改めてお詫びに……」

「あー、それはもう十分だから。明日からはクラスメイトとしてよろしくね」

「はい!」


 私の言葉にラフィカは初めて笑顔を見せる。

 貴族の子女というよりは王子様。そんな印象を受ける笑顔だ。もしかしたら犯人の名前が聞けなかったのは権力ではなくラフィカが単純に女子生徒に人気があったからなのかもしれない。



 明らかに意図的に割り込んだクルト先生によって話は打ち切られ、私は職員室へと連れて行かれることになった。ちなみに休日なので制服に着替える必要はないということだ。ラフィカを見送り、そのままクルト先生に連れられて寮を出て校舎へと向かう。


「ところで先生。話を中断させたかった理由をお聞きしたいのですが」

「それはラフィカ君のため、ですね」

「どういうことです?」

「……今回の主犯はね、彼女の親しい友人だったんです」


 休日で人気の無い校舎の中を歩きながら、クルト先生は私を振り返ることなく淡々と話し始めた。

 ――主犯だとか、間違いなく最初から全部知っていた口振りなのが腹立たしい。


「わかってるとは思うけれど、ラフィカ君は利用されていただけ。嫌がらせは実質彼女の友人のメラリアという子が指示を出していたみたいなんですよ。それも直接やれと言ったわけじゃなくてやるように仕向けたという感じで」

「どうしてそれをラフィカに隠すんですか?」

「メラリアは精神に異常をきたして実家で療養することになったんです。生徒には健康診断で病気が見つかったために療養するのだと伝えることになりますが……すべてを知ればラフィカ君は自分を責めると思うんです。彼女の性格上、ね」

「……メラリアがそんなことをしたのは私が止められなかったからだ、とか?」

「そんな感じです。知らなければ彼女の病気を心配するだけで済みますから」


 ラフィカとは少し話しただけだが、クルト先生の言うとおり彼女は自分を責めるような気がする。直情的であまり人を疑うことも無さそうだというのがラフィカの印象であり、だからこそ私も他に主犯がいると思ったのだ。

 真実はどうであれ、自分のせいで人が不幸になるというのが辛いというのはよくわかる。ならば優しい嘘でその負担を軽減するのが一番いいのかもしれない。


 その後は職員室でSクラスへの編入の意志を聞かれ、素直にBクラスがいいと伝えたのだが……


「あれだけ模擬戦でやらかしちゃったんだから、Bクラスに残ったほうが悪目立ちするよ?」


 派手にやらかしたのはリーゼのような気がするのだが、確かに模擬戦の後は教室でそれまでとは違う視線が痛かったのもまた事実で、私は渋々編入を了承したのだった。


「そうだ、エフェメラ君」

「はい?」


 手続きを終え、職員室を出ようとしたところをクルト先生に呼び止められ振り返る。先生は少し躊躇いがちに口を開いた。


「ヴィルヘルム君が実験棟にいたらしいんだけど、あそこは危険な薬品もあるから許可なく入るのは禁止されているんだ。君から注意しておいてくれるかな? 彼、君の言うことはちゃんと聞くみたいだから」

「……はい」


 どうやらヴィルが実験棟へ不法侵入したので私から注意してくれということだろうが……実験棟といえば植木鉢の降ってきたあの場所のことだ。嫌な予感がして仕方がないが、人間知らないほうが幸せなことも多い。きっとこれもその一つだとその予感を振り払い、職員室を後にした。

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