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18 実力のカケラ

 リーゼの魔法が着弾した生徒が吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。

 派手に煙と音を上げてはいるが、実際は打撲程度の傷で済んでいるようだ。あれぐらいであれば問題なくクルト先生が治療してくれることだろう。クルト先生は被害者はすべて男だったので明らかに嫌そうに顔をしかめているが。


「ちょっとやりすぎじゃない?」

「これでも出来る限りの手加減をしましたわ!」


 私の叫びに腕を組んでそっぽを向くリーゼ。確かにリーゼロッテも加減は苦手だったと思い出し、くすりと笑みをこぼした。

 やはり初めて感じることができたリーゼの魔力はリーゼロッテのそれと同じで、リーゼの前世はリーゼロッテで間違いない。

 この学校に前世の関係者が四人も揃っているというこの状況は不自然極まりないが、今考えても答えの出ない問題でもあり、今考えるべきことでもない。


 魔法の派手さもあって、リーゼが多くの生徒の視線を集めている。その間に私は私たち以外に唯一胸にバラが残る女子生徒とその隣に立つ彼女とペアの男子生徒のもとへと歩みを進め、少し距離をおいて二人と向き合い身構える。

 二人は呪文を唱え、同時にその力を解き放った。


「アイスボール!」

「フレアビット!」


 男子生徒が放ったのは氷の弾。小ぶりなので一応加減はしている様だ。

 一方女子生徒はやる気満々と言った様子で、無数の小さな火球をその身に纏い氷球のあとに続くようにこちらに駆け込んでくる。ペアとなって日は浅いはずなのに、それなりに連携の取れるペアのようだ。

 すでに表球は目前に迫っている。私は短く呪文を唱え、振り払うように氷球を弾き飛ばした。


「えっ!?」


 驚きの声を上げたのは男子生徒。しかし女子生徒のほうは顔色を変えることなくこちらへと突っ込んできている。その僅かな間に私は次の呪文を完成させていた。

 女子生徒がこちらに殴りかかるのと同時に彼女の纏う火球が一斉に私に降り注ぐ。一つ一つは小さいけれど全部が直撃すればかなりの痛手を受けるのは間違いない。弾けた火球は燃え上がるようなことはなかったが、激しく煙を上げた。


「エフィー!」

「待て」

「でも!」

「大丈夫だ」


 リーゼが叫び、マリウスに静止される。さすがマリウスは私が唱えた呪文に気づいたらしい。それにしてもこの火球はBクラスの最下位相手に使うような魔法じゃない気がする。魔法で熱や衝撃は軽減されたが、踏ん張らなければ弾き飛ばされそうだった。

 殴りかかったことからも、どうやら彼女も私と同じタイプで体術も得意とするらしい。


「エフィー、いくら模擬戦でも手を抜くのは相手に失礼よ~」


 と、シスターも言っているので全力を出すと言うことは大切なのかもしれないし、私もそれに答えなくてはいけないようだ。さもないとシスターのお仕置きを受けることになる。

 ……先ほど弾き飛ばした氷球がシスターに向かって飛んでいったからではないはず。


「どうしてアンリ=ブラウンがエフィーの名前を知ってますの?」


 驚き、半ば叫ぶようなリーゼの言葉にシスターは小首を傾げた。


「エフィーは私が世話している孤児院の子ですもの。それに私が鍛えた子供たちの中でも一番の実力者なのよ~。ね、エフィー」

「……そうですねー」


 風で煙を吹き飛ばし、一斉に注目を浴びることとなった私は諦めたように答えた。


「どうして無傷なの!?」


 ヒステリックに叫ぶ目の前の女子生徒。勝ちを確信して浮かべていた笑みが、今は驚愕へと変わっている。


「エフィーはその生命力が評価されて入学したのだからな。生命力が高いと言うことは神の加護が厚い証拠。つまり神聖魔法の適正が高いということだ。適正が高いだけで使いこなせるかは不明だからBクラスの最下位だったというだけだろう」

「そうそう、その通りだけど……ホント君って可愛げがないよね」

「可愛いと思われる必要はないので」


 マリウスの言葉にクルト先生がうんうんと頷き肯定する。

 なるほど、だから私は生命力云々で入学できたのか。確かにその生命力の高さがあったからこそ、フィーネも瀕死の状態で色々と会話が出来たのだ。そして私も生命力が高かったからあの事故でも助かることが出来た。


「エフェメア君の実力がわからなかったからこそのBクラス最下位ってことだけど……」

「それって……」

「力が使いこなせるならマリウス君と同様。しかもあの人の教え子なんだからそれ以上かも?」

「戦闘能力だけなら間違いなくそれ以上よ~」


 その会話は離れた位置で大きな声で交わされているので生徒全員に聞こえてしまっている。私に向けられる視線が好奇なものから戸惑うものへと変わっているのを感じていた。


「神聖魔法はそれなりに使える。けれどそれ以上に……」


 私の言葉が終わる前に、慌てて呪文を唱えだす二人。少し離れた場所にいる男子生徒はともかく、私の目の前で呪文を唱える女子生徒は相当焦っているようだ。敵の目の前で呪文を唱えるなんて隙だらけにもほどがある。


「シスターに鍛えられたから体を動かすことも得意なの」


 そんな隙だらけの相手に魔法を使う必要もなかった。

 懐に飛び込んで蹴り上げる。女子生徒は慌てて呪文を中断して身構えたがもう遅い。

 私の蹴り上げた足は彼女の腕ごとバラを弾き飛ばし、空中で散ったバラはひらひらと舞い落ちた。

 女子生徒は腕を弾き飛ばされたことで尻餅をついたがその程度。私も別に相手に怪我をさせたいわけではないのでこれで十分だろう。

 私は当初の目的を果たすために、彼女に近づきその耳元で小さく告げた。


「教科書と鞄、ちゃんと弁償してね?」


 私の言葉に女子生徒は口をパクパクさせながら何度も頷く。

 これでお金の心配をする必要はなくなり、シスター効果もあって同じようなことが起きることはまずないだろう。

 気になるのは目の前の女子生徒の視線が熱っぽい気がすることだが、後ろを振り返ってヴィルが微笑んでいることに気づき納得した。


「ところでシスター、どうしてここへ?」


 それは今更とも言うべき質問なのだが、気にならないわけではない。


「エフィーに孤児院の子供たちからのプレゼントを届けに来たのよ。エフィーにって用意したお守りよ」

「……郵送でもよかったんじゃ?」

「心のこもった贈り物ですもの、少しでも早くできれば手渡ししたいじゃない?」

「――ありがとうございます。チビたちにもありがとうって伝えてください」

「もちろんよ~」


 詳しく聞いたところ、本当は門まで私を呼び出してもらおうとしていたらしいのだが、カルラ先生に見つかりあれよあれよという間に模擬戦の見学をするということになりここまで来てしまったそうだ。シスターなら簡単に断れただろうに、実際は興味が勝ってわざと流されたといったところだろう。




 生徒たちの関心を私が一手に集めていたその時、ヴィルは片手をズボンのポケットに入れ自分の前髪を摘みながら最初に私にバラを散らされた集団の前に立っていた。

 私の様子に満足そうに微笑んで振り返れば目の前に立つヴィルに女子生徒たちが頬を染める。その中の誰かが口を開きかけたのをヴィルが手で制してにっこりと微笑を浮かべた。


「さすがにもうフィーに手出しをしようという人間がいるとは思えないし、フィーが君たちに報復したりすることはないだろうね」

「ヴィルヘルム君……ありがとう、私たちのことを心配してくれるのね」


 その集団の中では力のあると思われる金の髪の女子生徒が頬を紅潮させ、うっとりと目を細める。

 ヴィルはその生徒を一瞥して、ふっと湛えていた笑みを消した。その瞳に浮かぶのは冷酷な色。


「心配? そうだね、心配だ。君たちがまた何かしてフィーを傷つけるんじゃないかと思うと、今ここで君たちを消し去ってしまいたいぐらいに」

「ヴィル……ヘルム君?」

「それに君たちがフィーに危害を加えた事実に変わりはない。少しぐらい、その報いを受けるべきだ」


 ヴィルが地面に手をかざし短く呪文を唱えるとコポコポと地面から水が湧き上がり、いくつもの水球が浮かび上がる。


「水鏡」


 ヴィルの言葉で、生み出された水球はその集団の生徒の体に吸い込まれる。

 ヴィルの魔力を感じて振り返った私の目に映ったのは、水球が生徒の体に吸い込まれていくその瞬間だった。


「ちょっとヴィル、何してるの!」

「ちょっと反射の魔法を。何もしていなければ何の影響もないけれど、何かしたならばその感覚が跳ね返る」

「……何に対して?」

「フィーの鞄。フィーを保険室に運ぶ時、通りすがりに細工をしておいた」

「気づかなかった」

「こっそりやったから」


 急いでヴィルに駆け寄り、放心状態の生徒たちを見回す。

 焦点の合っていない生徒、怯え震える生徒、一部の女子生徒と男子生徒は現状が把握できていないようで首を傾げていた。


「影響が出ているのが実行犯、ってことね。それより鞄って切り裂かれてんだから、その感覚が反射したら……」


 いくら体に傷を受けるわけではないといっても、傷を受けたという感覚が及ぼす影響は馬鹿にできない。


「ヴィル、今すぐ解除して!」

「ほっとけばすぐに正気に戻ると思うけど?」

「いいから早く」

「……わかった」


 しぶしぶといった様子でヴィルが手を振り払うと、生徒たちの体から水飛沫が弾け飛び空気に溶けて消えた。

 同時に異変の起きていた生徒たちも正気に戻ったようで自身を抱きしめながらきょろきょろと周りを見回したりしている。逆に異変の起きなかった生徒は私たちの会話でヴィルが何をしたのかを知りその表情にはヴィルに対する畏怖が見て取れた。


「次はないから」


 にっこりと笑顔を向けるヴィルに、目の前の集団の主に正気のままだった生徒が戦慄く。きっと今は何が起きたのかわからずに頬を染めヴィルに夢見がちな視線を向けている生徒たちも、ヴィルが何をしたのかを知ればさすがに同じ態度を取ることはできないだろう。



 そう思っていたのだけれど。

 ――後日、ヴィルは『魔王様』と呼ばれさらに騒がれるようになっていた。女子生徒の皆さんいくらなんでも逞しすぎやしないだろうか。

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