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16 恋は盲目

「エフィー」


 名前を呼ばれ、振り返ると教室の入り口にはリーゼが腰に手を当て立っていた。

 リーゼのお迎えはここ数日恒例となっていて、一緒に教室のある校舎とは別の建物にある食堂へ行きそこでヴィルとマリウスと待ち合わせをしている。二人が先に食堂で席を確保し、そこに私とリーゼが合流するのだ。


 荷物を鞄に詰め込みリーゼのもとに向かう。鞄は先生に事情を説明し、代用品を使用する許可を得たので入学試験の際に持っていた鞄を使用している。

 迎えに来てくれた相手を待たせては悪いと急いで出口へと向かうその途中、リーゼからは見えない位置にさっと足が伸ばされた。

 その目的はとても明確で足を出すタイミングも申し分ないのだが、シスターに鍛えられ魔物を退治したりするという日常生活を送っていた私にとってそれを回避することなど簡単なことだ。


 障害物をひらりとかわし、くすりと笑みをこぼしてリーゼの元に向かう。

 見えてはいなくても私の動きで何があったのかを悟ったリーゼはふっと鼻で笑ってからくるりと向きを変えた。

 煽るにはそちらのほうが断然効果的のようで、小さく振り返った先で先ほど足を伸ばしてきた女子生徒が悔しそうに顔を歪ませていた。大人しそうな外見の女子生徒だが、あの子も犯人と見て間違いないだろう。


 ――それにしても恋心というのは本当に厄介だ。

 フィーネの時も、今回の嫌がらせもすべては恋といった感情が根本にある。

 前世の一番の後悔の原因ともなっていることもあり、どうしても恋愛感情に冷めた目を向けてしまう。それが私が「枯れている」と言われる原因になっているのは間違いない。



「フィー」


 食堂の一番奥の席でヴィルが立ち上がり私たちに手を振っていた。

 一緒に食事をとるようになってから毎日同じ席なのでその必要はないのだが、これも作戦のうちとヴィルとマリウスの待つ席へと向かう。

 ヴィルとリーゼがこの作戦に異常に乗り気なのが気になるが、あえてそれには触れずにいる。


 食堂での周りの視線の痛さにはある意味感動すら覚えた。ただ一緒に食事をしているというだけなのに驚くほど効果は抜群だ。

 もっしゃもっしゃと今日の定食を頬張りながら、隣や向かいで食事をする友人たちを眺める。


 食事姿すらも美しい、そんな美形っぷりを披露するヴィルとマリウスに声こそかけてはこないが周りの女子生徒の視線が集中しているのは明らかで、刺さるような視線はリーゼには向けられることはなくすべて私に集中していた。


 窓から差し込む光を受けてキラキラと輝くリーゼの豊かな髪は紫がかった銀髪のよう。長い睫に少しつり上がったぱっちりとした赤い瞳が印象的で、ツンとした可愛らしい鼻もぷっくりとしたピンクの唇もすべてが整っていて誰が見てもリーゼを美少女だと断言するだろう。それでいてかなり上位の貴族だというのだから世の中は不公平だ。


 それに比べて私は肩程度まである髪はボサボサと形容するのが正しいほどにはね、大ぶりのメガネに団子のような鼻。唇も荒れて少しカサカサしている。

 可愛いと言われてもそれは社交辞令、つまりお世辞だと間違いなく断言できるそんな容姿だ。

 こんな外見の私が美形で優秀なの三人の隣にいるのが面白くないと思われているのかもしれない。


 そんな少し悲しい自己判断をしながらも昼食を平らげる。

 ちなみに食堂の利用料金は学費に含まれているため無料である。


 孤児院での食事はある意味戦場でもあったが、ここでは落ち着いて好きなだけ食べられる。

 無事卒業できたら、真剣にチビたちに魔法を教えてみるのもいいかもしれない。

 好きなだけご飯が食べられると言えばみんな真剣に学ぶはず。誰も文句は言わないけれど、育ち盛りのチビたちが孤児院での食事で満腹になることはまず無理なのだから。


「どうしたんですの? ニヤニヤして気持ち悪いですわよ」

「そうかなぁ。普通だと思うけれど」

「ほら、この辺がだらしなく弛んでますわ。……それより、明日は本当に大丈夫ですの?」


 食事を終えたリーゼが心底嫌そうな顔を浮かべて私の頬を指しつつ、語尾は声を潜めるようにして耳打ちした。

 私は頷き口角を上げて三人を見回す。


「大丈夫、明日を楽しみにしていて」

「不安ですわ……」

「激しく不安だ」

「フィー、大丈夫か?」


 自信満々の私に対して、三人の中の誰一人として私の実力を信用していないことを悟った。

 ……確かにBクラスの最下位なのだからその反応は当然なのかもしれないけれど、もうちょっと友人を信用して欲しいものだ。私の素性をよく知っているヴィルなんかは特に。


「リーゼたちは次の授業は実験棟でしょ?」

「ええ」

「じゃあこの後はこのまま行くよね。私は先に自分の教室に戻ってるから」

「大丈夫か?」

「平気平気。それじゃまた放課後にね」

「ああ」


 食器を片付け食堂の入り口で三人と別れる。

 もうすぐこの面倒な問題が解決するのかと思うと足取りも軽い。

 無意識に鼻歌交じりで実験棟の脇を通りがかった時だった。


 頭上に僅かな空気の変化が生まれ、何かがこちらに迫ってくるのを感じた。

 ここで私のとるべき行動は、迫りくる何かを避ける、落ちてくる何かをキャッチする、落ちてくる危険物を粉砕するのどれかなのだが……


 魔力も感じないし危険物の中に更なる危険物が仕込まれているということはないだろうが、キャッチするのも粉砕するのも相手を警戒させることになりそうなので無難に避けるという選択をするべきだろう。


 わざとらしく何かを思い出したかのようにくるりと向きを変えて一歩踏み出した私のすぐ後ろで、がしゃんと何かが割れる音がした。

 振り返ってみてみれば予想通りの植木鉢の残骸が散乱していて、実験棟を見上げてみたがさすがにもう人影は見当たらなかった。


 こんなものを落としてきたところから、相手はもう手段を選ぶつもりはないらしい。

 当たっていたら酷い怪我をしてもおかしくはないし、そうなれば当てるつもりはなかったで済む話でもない。

 もしかしたら家の力でもみ消せる自信があるからのことかもしれないが、どちらにせよ明日はこちらの誘いに上手く乗ってくれそうだ。

 手を口に当てて肩を震わせながら、はたから見れば怯えているように見えるようにして密かにほくそ笑んだ。

 そんな状態で教室へと戻ったからか、私はその時実験棟の別の場所からこちらを見ていた人影がいたことに気づかなかった。





 さすがに植木鉢の後は何もなく、実技で模擬戦が行われる日となった。

 心なしか学校の中の空気も普段と違うような気がする。緊張感が漂っているように感じるのは自分が無意識に緊張しているからなのか。


「いよいよですわね」

「うん」


 実技塔を見上げる。

 実技塔は他の校舎とは違いその名前の通り塔だった。

 高さこそ高くはないがその造りは間違いなく塔であり、壁に螺旋状の階段は作られているが一階のみの吹き抜けという少し不思議な造りをしている。

 中で魔法を使っても外壁などが壊れないようにこの塔自体に細工が施されている、魔法クラスの象徴ともいえる塔だ。


 中に入ると先に来ていた生徒たちの視線が一斉に集中する。

 リーゼはそんな視線など気にも留めていない様子でさっさ奥へと進み、私も同じように気にしていない素振りでその後に続いた。


 ヴィルとマリウスと合流して授業が始まるのを待つ。

 相変わらず突き刺さる視線は痛かったが、マリウスが睨みを利かせると面白いようにこちらを見ていた生徒たちが一斉に視線を逸らした。

 苛立ちを隠す気がないのか、マリウスは腕を組み時折足先でトントンと音を立て険しい視線を回りに向けている。

 確かに、美形であるから更に凄みが増して思わず視線を逸らしたくなるのもわからなくもない。苛立ちの理由はわからないが、とにかくマリウスの機嫌がよろしくないことは明白だ。



「そろそろ時間だ」


 それまで私の背中にぴったりと張り付くように立っていたヴィルが塔の入り口に顔を向け、呟く。

 つられて入り口に視線を向けたのだが、ゾクリ、と何か冷たいものが背中を伝って思わずきょろきょろと辺りを見回した。


「どうかしましたの?」

「いや、何か悪寒が……気のせいかなぁ」


 自身を抱きしめるようにして腕をさすり、ぷるりと身震いする。

 気のせいかと思ったその悪寒だが、その理由はすぐにわかることとなった。



 その後やってきたクルト先生の後ろの二人の人影。

 一人は土と水の攻撃系魔法を担当するカルラ先生と、その隣にはこの場にいるはずのない私のよく知る人物。

 ――普段通りの微笑を湛えたシスター。


 何故ここにシスターがいるのかと説明を求めるようにクルト先生に視線を向ける。

 心なしがぐったりとした様子で目を伏せていつもの軽い様子が消え去ったクルト先生は、先生用のすこし高くなった場所に立つと小さく溜息をついた。

 自然な動作でカルラ先生が前に出て、腰まである赤茶の長い髪が揺れる。片手で肩にかかった髪をさっと払い、腰に手を当ててすらりと立つカルラ先生はまさにクールビューティーといったところで男子生徒からの人気も高い。


 カルラ先生はシスターを促して自分の隣に立たせ、恍惚とした表情を浮かべ生徒たちを見る。一瞬にしてクールをどこかに置き忘れたカルラ先生はまるで夢見る乙女といった様子だった。


「本日はあの有名なアンリ=ブラウンさんがお見えになったということで、特別に今日のこの実技を見学していただくことになりました」


 ざわり、と生徒からざわめきが上がった。

 カルラ先生のよく通る声にはどこかうっとりとしたような響きがある。一方押しのけられる形で後ろへと下がったクルト先生は盛大に溜息をつき、シスターは相変わらずにこにこと微笑んでいた。


 ――ところでカルラ先生は「あの有名な」と言っていたが、シスターって有名だったんだろうか。

 旅人すらほとんど来る事のない村だったからか、今までそんな話聞いたことがないのだけれど。

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