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15 元聖女は直球勝負がお好み

 私が差し出したお茶を飲み、一息ついたマリウスが開口一番に告げた言葉。


「エフィーが色々残念なことはわかった」

「残念って何が」


 何に対して残念と言ったのかはわからないが、とにかくとても失礼な感想だった。


「まぁまぁ。それで、これからどうするのかを教えてくれないか?」

「こぶしで語り合うための場所はクルト先生が用意してくれるから……」

「先生が用意するのは魔術の実技の場だろうが」

「魔力を上乗せしたこぶしで語るから大丈夫」

「……そうか」

「それで、二人にはその舞台に犯人一味を引っ張り出す手伝いをして欲しいのよ」


 私の言葉にヴィルは興味深そうに口元に笑みを浮かべ、マリウスは何故か天を仰いだ。


「とにかく、実技で模擬戦をするとなれば多少怪我をさせても問題ないのだから犯人は喜んで私と対峙したがるはず。私はBクラスの最下位なんだから、絶好の機会のはずだもの」

「しかしペアのヴィルがSクラスだろう?」

「それは直前に腹痛とかで見学するとか」

「……腹痛……?」

「犯人はそこまで用心深いとは思えないし、ヴィルを相手しないで済むなら間違いなく私を狙うと思う」

「俺はその案には乗りたくない。フィーを危険な目に合わせるのは嫌だ」


 私の言葉にヴィルが眉根を寄せる。

 マリウスはともかくヴィルが異論を唱えるとは思わなかったので少々驚いたが、すんなり二人が了承しないであろうことは予想済みだ。


「それならいっそ集団戦というのはどう?」

「集団?」

「胸にバラを挿して先に相手のバラを散らしたほうが勝ち。それを一度に集団でやればヴィルやマリウスも同じ場所に立つことができるわ」

「バラと剣、か。確かにそれならば……」


 私の新たな提案にマリウスが顎に手を当て頷く。

「バラと剣」とはとある物語の中で出てくる決闘方法で、騎士がパフォーマンス的な試合などでこの方法を取ることが多いこともあって知名度も高い。この方法を集団でやればまず私が最初に狙われるだろう。


「しかし集団で襲われるんじゃないか?」

「大丈夫。私神聖魔法は結構得意だから、バラに強化魔法かけて散らないようにしておくから」

「いや、バラじゃなくてだな……」

「こう見えても結構戦えるもの。それに本当に危なかったら二人が助けてくれるでしょう?」

「もちろん」

「まぁ、な」


 あたりまえだと頷くヴィルとマリウスに思わず苦笑が漏れる。

 はっきりいって魔法を使わなくても勝てる自信はあるのだが、二人は心配性のようなので黙っておいた。

 少しでも危ないと思えばきっと二人は……きっとリーゼもすぐに私を助けようとするだろう。しかしそれでは根本的な解決には至らないので避けなくてはいけない。


 被害のあったタイミングから考えて恐らく教科書や鞄に手を出した人間の目撃者がいないはずがない。しかし教室を訪れたマリウスに特に話しかけた生徒はいなかったという。

 憧れの人間と会話し、鞄の行方や誰が持ち去ったかなど教えれば好感度を上げられるかもしれないという絶好の機会のはず。それなのに接触すらないということは、犯人の力が強大で密告するリスクが高すぎる、もしくはクラスの全員が犯人であるなどが考えられる。


 現時点で一番自然だと考えられるのは、SもしくはAクラスに主犯がいて取り巻きのように手下が存在していること。今回直接手を下したのはBクラスの手下にあたる生徒で主犯の力が強すぎて他の生徒も口出しできない、といったところだろうか。

 生徒に貴族も多いので、かなり高位の貴族なのだと考えればつじつまも合う……気がする。

 主犯格が見つけられなくても、実技の時に主犯格を見つけ引きずり出せるチャンスはある。そのためにも……


「来週の実技までの間、犯人たちを煽って煽って煽りまくるわ!」

「つまりフィーといちゃつけばいいってことか?」


 立ち上がりこぶしを突き上げる私の腰に腕を回して抱き寄せ、耳元で囁くヴィル。

 私は答えを求めてマリウスに視線を向けた。


「どう?」

「いや、どうといわれてもな……ヴィルはともかく、エフィーが顔色ひとつ変えないのはさすがに違和感がある」

「――つまり?」

「エフィーがヴィルを意識しているようには全く見えないということだ。それでは煽るというには効果が薄いような気がするんだが」

「あー、それなら大丈夫。そもそも今までだってペアになったとか倒れて運ばれただけなんだから。一緒にいるだけでも十分効果はあると思う。だから無理しなくてもまめに話しかけてくれるだけでも十分すぎるほど効果あると思う」

「そんなものなのか?」

「そんなものよ」


 最近どこかで聞いたことのあるようなことを言われたが、実際大して接触してもいないのにこれだけの行動を起こした相手なのだ。下手に考えないほうが上手くいくような気がしていた。


「そろそろ戻ったほうがよさそうだな。行くぞ、ヴィル」


 時計を見上げたマリウスが立ち上がりヴィルを促す。二つの鞄を持ち片方をヴィルに渡して出口へと向かう。

 途中足を止め、マリウスが振り返る。その形のよい眉の間にはくっきりと皺が刻まれていた。


「手伝うといったからには手伝うが、くれぐれも一人で突っ走るんじゃないぞ」

「……はーい」

「移動の時の荷物は俺たちかリーゼ、もしくはクルト先生に預けて」

「わかった」


 二人を見送って、静かになった部屋で一人お茶を飲む。孤児院育ちで人が多い環境に慣れていたせいか、静寂は少し物悲しく感じる。

 しかしその静寂も、どんどんという激しいノックの音に打ち消された。


「エフィー! いるのはわかってますわ、ドアを開けなさい!」


 授業が終わり、リーゼが戻ってきらしい。

 途切れることなく扉を叩かれる音に苦笑して、私は新たな客人を迎え入れた。


「いらっしゃい、リーゼ」

「学校で倒れたと聞きましたけれどっ……体調はいかが?」

「そのことなんだけどねー……」


 リーゼにお茶をだし落ち着いたのを確認してから、私はことのあらましを説明した。

 ――予想通り、来た時以上に興奮させる結果となった。

 再びお茶を飲み、リーゼが落ち着きを取り戻したのはそれから三十分ほど経過してからだった。


「ただの妬みや僻みですわね」

「うん」

「鞄や教科書ぐらい私がプレゼントしますのに」

「んー、でも放っておけばまた同じことになるだろうから。どうしてもダメだったらお願いする」

「わかりましたわ。マリウスとペアの私が被害にあっていないのは恐らく私が犯人より爵位が高いからでしょうから、私と一緒にいればエフィーが直接危害を加えられることもないはずですわ」


 授業の時間以外は私の様子を見にくると胸をはる可愛らしくも頼もしい友人に、思わず笑みがこぼれた。

 リーゼはそんな私の顔を見て、頬を染めながら視線を逸らせて照れているようだ。


「食事には私が誘いにきますから、エフィーはそれまで大人しく部屋で待っていてくださいませ」

「わかった」

「今日は病人ということになっているのですから、夕食は私が部屋まで運びますわ」

「そこまでしなくても平気だけど……」

「いいえ。手が出せないところにいるほうが、煽るのも効果的ですわ」

「そう、だね」


 にっと口角を上げて微笑むリーゼ。

 少し勝気な瞳もその表情もリーゼによく似合っていてまるで小悪魔のようだ。やるからにはとことんやるといった心意気が見て取れる。


「ではまた後ほど」

「うん、心配してくれてありがとう」

「友達なのだから当然ですわ」


 自分の部屋へと戻っていくリーゼを見送り、グラスを片付ける。そして制服から私服へと着替えて夕食までの時間で課題を済ませることにした。

 課題とはいっても今はまだ魔法の基礎を学ぶ段階なので実技はほとんどなく、本を読んだりすることがほとんどだ。


 この学校に入学した生徒はすでに魔法を使える生徒ばかりだけれど、基礎が重要であることに変わりはない。どれだけ強大な魔力を持っていたとしても正しく使えなくては魔力の低い魔術師に負けることだってある。基礎が出来ていても、それを見直すことは決して無駄ではないのだ。


 私も基礎を学んでよかったと思う点は多い。

 なにより知識はあったがそれはすべて二百年前の知識。現代魔法の基礎を知った時には本当に驚いた。


 ……魔法の発動に鍵言葉が必要になってるとは。


 鍵言葉はそのまま呪文名だったり、その魔法の関連する言葉だったりと様々だがとにかく何かしらの鍵言葉が必須なのだとか。一部例外はあるようだがそれもごく一部。

 つまり昔は相手が使おうとしている魔法は呪文から判断したものだが、今は発動直前とはいえご丁寧にどんな呪文であるのかを教えてくれるものが多いということだ。


 知能の低い魔物相手にならともかく、人の言葉を理解する魔物や人と対峙する時にそれは致命的ともなりかねない気がする。

 とにかくそんな理由から、私は自分が使える魔法の鍵言葉を覚えなくてはいけなかった。


 それ以前の問題で、私の唱える呪文が古代語といわれる特殊なものだと知るのはもう少し後のこと。

 二百年前の化石のような知識は一部の研究者からすると素晴らしいものでも、一般の魔術師からすれば到底扱うことの出来ない実用性のないものだった。

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