14 対処の方法
「そこは利用するじゃなくて手伝ってもらうというところだろう」
「フィーが望むのならよろこんで利用されるさ」
マリウスは少々渋い面持ちだったが、否定しないところをみると手伝ってくれる気はあるようだ。一方ヴィルはにっこりと微笑を浮かべて答えたのだった。
表情こそ対照的な二人だが、手伝うということに異論はないらしい。
そして小さく息をついたクルト先生はどこか諦めたような表情を浮かべていた。
「まぁ予定よりちょっと早くなるだけで、後日やる予定だったから問題はありませんが……」
「では来週の授業はそのようにお願いします」
「はぁ、わかりました。……嫌な予感しかしませんけど」
「シスターが来たほうがいいですか?」
「それは最悪の事態です」
確かにシスターが学校にきてその激しく照れて挙動不審になる様を見られれば、女生徒からの絶大な人気によくない影響があるのは間違いない。いくらシスターが好きでも、女の子はみんな大好きという精神のクルト先生にはさぞかし痛手となるのだろう。
「それじゃ僕は戻ります。今戻れば多少授業を進められますからね」
「はい」
「そこの二人は……聞くだけ無駄そうですね」
「せっかくなのでエフィーがどうするつもりなのか確認しておきます」
「ではもう今日の授業はこれで終わりですから、二人はエフェメラ君を寮まで送っていったということにしておきます。なので寮に戻ってそちらで話をしてくださいね」
「はい」
クルト先生は私を挟むようにに立つヴィルとマリウスに視線を向けて小さく溜息をついて保健室を後にした。
二人の表情を伺おうとしたのだが、少し前に立つ二人の表情はよくわからなかった。二人とも口角が上がっているのだけは見えたので、恐らく笑顔。私はクルト先生の溜息の理由がわからず首を傾げた。
「さて、それじゃ寮に戻ろう」
「うん」
「では俺は全員の荷物を取ってから戻る。二人は先に戻っていてくれ」
「ああ。ありがとう、マリウス」
「リーゼにも説明しないといけないだろうからな」
リーゼに説明、と言う時少しだけ疲れたような様子を見せマリウスは教室へと戻っていった。
まだ友人となって日は浅いが、黙っていれば烈火のごとく怒り狂い、話しても烈火のごとく怒り狂うリーゼが容易に想像できる。そして私の荷物も取ってきてくれるということなので、Bクラスの教室にマリウスが訪れた時はさぞかし騒然とするだろう。
どこか他人事のように考えながら、私は保健室を出たヴィルの後に続いた。
保健室は一階で私たちの教室は二階にある。授業中である今、校舎から出るまでは他の生徒に会うことはまずないが、外に出てしまえば教室の窓からよく見える。私がヴィルと一緒に帰ったということはすぐに噂になるだろう。
これ以上の被害を回避するために、教科書などは持ち歩いたほうがよさそうだ。
校舎の玄関を出て外に出る。
ふと教室の窓を見上げれば、窓際の席の女子と目が合い……睨まれた。
私の視線に気づいたヴィルは同じように教室を見上げ、ぽつりと呟く。
「フィー? ……そうだ、フィーは病人なんだから、無理して歩かせるのもよくないな」
「え?」
何故そういう結論に思い至ったのかはわからないが、目の前に屈んだヴィルはにっこりと微笑んでひょいと私を持ち上げた。
片手は肩に回され、反対の手は膝の下に回されている。持ち上げる側が貧弱だと不可能なこの抱え方だが、ヴィルはふらつくこともなく安定していてる。これは先ほど保健室に運ばれた時と同じ抱え方だ。
やはりクルト先生に限らず、力のある魔術師はある程度体力も必要なのだと再認識した。
「でもなんでこの持ち上げ方なの……」
「さすがに運搬としては肩に担ぎ上げたほうが楽だろうけど、ファイヤーマンズキャリーはさすがにまずいかと」
「確かに肩に担がれるのはさすがにみぞおちとかにきついだろうけど……だからといってこれもちょっとどうかと思う」
「違う違う。問題点はそこじゃなくて、担ぎ上げると制服のスカート短いんだから間違いなく下着が見えるってこと」
「このままでいいです」
「うん、じゃあ大人しく抱っこされててね」
軽々と横抱きで抱えられたまま運ばれていく。
顔を上げればすぐ目の前にヴィルの顔があって、目が合うと気まずいことこの上ない。鼻歌交じりでご機嫌な様子のヴィルに比べて私はここまでする必要はないのにとげんなりとしていた。
本来寮では女子の部屋がある階に男子生徒が入ることは認められていない。だが今回は病人を運ぶという理由で短時間の滞在が許可されていた。
「あれ、君たちまだ授業中じゃないのかい?」
寮に入ってすぐのロビーで聞いたことのある声に呼び止められヴィルが足を止める。
「ああ、寮代表。彼女が体調を崩したので部屋まで送っていくところです。管理人に許可もいただきました」
「そうか、なら早く送ってあげて。君もお大事に……って、あれ?」
ヴィルの胸に顔を埋めるようにして顔を隠していたのだが、寮代表、つまりジークは私に見覚えがあったらしい。
「アンネの友達で式典の時に倒れた子! そうか、体が弱いんだね。僕も治癒魔法が使えるけど……もう保険医の先生から治療は受けているだろうし」
「お気遣いありがとうございます。では失礼しますね。――そうだ、後ほど友人が荷物を持ってきてくれることになっていますが……」
「わかった、男子生徒なんだね。ほら、そんなことより彼女を早く休ませてあげて」
「ありがとうございます」
ごめんなさい王子様、私は雨の中で農作業しても平気な程度に体は丈夫です。
とはいっても大した嘘でもないし、人為的にとはいえ調子が悪くなっていたのは本当なので人のよい王子様を騙すことに罪悪感はあまりないけれど。
それにしても愛称で呼んでいるようだからリーゼとは親しいみたいだけれど、それはリーゼが貴族だからなのだろうか。
「フィー、ここ?」
「うん」
しばらくして私の部屋の前で立ち止まったヴィル。
やっと降ろしてもらえた私は扉の鍵を開け部屋の中へと入る。ヴィルも物珍しそうに辺りを見回しながら中へと入ってきた。
「とりあえずそこに座っていて。お茶持ってくるから」
「ああ」
マリウスの分も含め三人分のお茶を用意する。
どうして一人部屋にグラスやらカップが数組用意されているのかと疑問に思ったのだが、こうして友人とお茶を楽しむためのものなのだろう。何故か寮住まいの貴族は多いから。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ところで少し聞きたいことがあるんだけどいい?」
「何?」
やはり先ほどまでは何故部屋にあるのかが疑問だった一人で使うには大きすぎるテーブルにお茶を置く。
嬉しそうにお茶を受け取ったヴィルは小さく首を傾げた。
「私、ヴィルに自分の部屋を教えた覚えはないんだけど」
「そうだね、教えてもらってないよ」
そう、教えていないのだ。
寮に送るという話が出た後も私の部屋の場所を先生から教えられたりということもなかった。
「どうして部屋を知ってたの?」
「んー、一応自分の部屋の周りにどんな人間がいるのかちょっと気になって」
「気になって?」
「魔力で探査してみた」
「……で?」
「違和感を感じる魔力が俺の部屋の真上にあった」
確かにヴィルが得意とする属性のひとつである闇の魔法を使えばほとんどの人間に気づかれることなく探査は可能だろう。
私が隠している浄化の力も闇の属性の魔法も他の魔法とは根本的に違い、適正がない人間が扱うことは出来ない。逆をいえば、他の属性の魔法は適性がなくても魔法として発動することは出来るということだ。
そして他に特徴的な点は、普通の人間に魔法として目に見えてもその魔力を感知することはまず無理だということ。そんな理由もあって、私やヴィルが特殊な力を持っていることが知られていないのだと思う。
しかし特殊同士だからか、相反する属性だからか、私の力とヴィルの力はお互いに認識することができる。
ちなみに回復魔法などが有名な神聖魔法は光に分類されており闇と対極のように思えるのだが、根本的に在り方違い本当の意味で対極と位置づけられるのは浄化の力なのだ。
「他の力で隠していても、俺にはフィーの力が感じ取れるから。どこにいてもどれだけ離れていても、フィーを見つけられる」
さらりとストーカー発言をしたヴィル。
ちなみに私は探査魔法は得意ではないのでヴィルと同じことは無理。恐らく闇の属性に優れた探査魔法があるのだろう。
「マリウスが来たみたいだ」
ふっと顔をあげ、ヴィルが視線を扉へ向ける。それと同時に扉をノックする音が聞こえた。
今ヴィルに魔法を使っている様子もなく、もしかしたら探査魔法ではなく魔力を感知しているのかもしれない。どちらにせよ常識の範疇から逸出しているのは間違いない。
「遅くなった」
「部屋がわからなかった?」
「それは下にいたジークベルト殿下に聞いて調べてもらった」
「ごめんね、教えるの忘れちゃって」
「いや、構わない。遅れたのは、エフィーの荷物を取りにいったときにちょっとした騒ぎがあったからだ」
「あー、いきなりSクラスのマリウスが来たから?」
「それ以外にも窓の外に同じSクラスの人間がいて女子生徒を横抱きに連れて行ったのでお姫様抱っこがどうのと騒ぎに、な」
「へぇ」
すっとぼけるヴィルにマリウスは大きく溜息をついて、部屋の隅にある勉強机の上に二つかばんを置き、もうひとつをわたしとヴィルの前に置いた。――すっぱりと大きく切り込みの入った鞄を。
「これは……」
「エフィーの鞄を取りにいったのだが教室に鞄はなかった。
これは玄関の片隅で見つけたものだが、Bクラスの印があったのでもしかしてと思ってな」
すこし印が曲がっているその鞄を開いてみたが中は空。しかし切り込みはあれど、まだ真新しい鞄は間違いなく私のものだった。なにより印が曲がっているのは私が印をつけるのに失敗したからだ。
こうなると今日持っていった数冊の残りの教科書がどうなったのかが気にかかる。
「エフィーの教科書は俺の鞄に入れてきた。また同じ目にあわないとも限らないからな」
「ありがとう」
マリウスは自分の鞄から数冊の教科書を取り出して私の机の上に置く。
マリウスのおかげで新たな被害は鞄だけで済みそうだ。とはいえ鞄も高いだろうけれど。
「それで、どう対処する気だ?」
「鞄がなくなったのは私がSクラスに行ってからマリウスが鞄をとりに行くまでの間。
教科書は私がSクラスに行く直前だろうから、犯行後すぐにまた犯行に及んだのだと思う」
「うん」
「教科書もだけど、鞄は私が保健室に運ばれたのが理由っぽいから、その後すぐに行動したところをみても犯人は相当感情的な人のはず」
「まぁこういったことをするのは大概感情的な人間だろうな」
「こほん。それで、ここまで単純なら下手に回りくどいことをするより単純な方法のほうがいいと思うの」
感情に任せてこんなことをする人に回りくどい方法を取っても、しばらくするとまた感情に任せ同じことを繰り返す確率が高い。
ならばはっきりと相手の戦意喪失を狙うほうが確実だ。
「シスターが言っていたもの。時にはこぶしで語り合わないとわからない人間もいるって!」
ぐっとこぶしを突き出して言う私に、ヴィルは無言でお茶をすすり、マリウスは目頭を押さえて顔を背けた。
おかしい、私は間違ったことはいっていないはずなのにこの二人の反応は何なんだろう。