12 前途多難な学園生活
エルプシャフト国立学校。この学校には騎士科・魔法科・普通科の三つの学科があり、騎士科と魔法科はそれぞれ通称騎士学校・魔法学校と呼ばれている。
騎士科はその名の通り騎士を目指す学生のための科だったのだが、現在は騎士のみではなく身体能力に優れる――つまりは物理戦闘を得意とする生徒が集まっている。
私たちが通う魔法科は魔法を主として扱う生徒が集まる科で、黒魔法や精霊魔法そして神聖魔法に至るまで魔法全般が含まれている。
そして普通科。普通とは名ばかりのかなりのエリートが集まる科。騎士科のように身体能力が優れているわけでも、魔法科のように魔力や魔法に秀でているわけでもないが、ずば抜けて頭の回転の速い人間が集まっている科だ。
騎士科が「体」、魔法科が「心」、普通科が「知」をそれぞれの象徴としている。
魔法科に重要なのは魔力であり心、つまりは精神力であとは多少の知力があればよい。
――つまり、体力は大して必要ないのだ。人並み以下でも魔法は扱うことができる。
魔法を極めるということは、魔法の知識とその精神を磨くことが重要となる。だから魔術師は基本的に引き篭もることになり、そして大して運動もしないので体力が人並み以下という人間が多くなる。
さすがに学生ならそこまで極端じゃないと思っていたのだが……現実は、シスターの言うとおり、男子生徒はもやしだらけだった。
運動不足で少々脂肪がつきすぎた生徒、反対に脂肪どころか筋肉が見当たらない骨皮筋衛門な生徒。多いのは後者だが、どちらにせよ華のない生徒が大半を占める。
確かに学校なのだから個人の持つ華やかさなど本来ならどうでもいいはずなのだが……男子生徒とは逆に女子生徒はとても気合の入った生徒が多かった。
そのあまりにも極端な男女の違いに戸惑う私に、リーゼはうんざりした様子で教えてくれた。
「この学校には将来有望な生徒が多いですもの。そういった方との出会いを目的に入学してくる生徒も多いですわ。人気があるのは騎士科ですけど、年に二度は合同のイベントがありますから他の科でも面識を持つ事は可能ですし舞踏会に行くより効率がいいのです。普通科がかなり入学が難しいのに比べて魔法科はある程度の魔力と家柄があれば入学することができてしまうのが現状ですからそういった方も――」
その言葉の続きはさすがに私でも聞かなくてもわかる。
いい男を捜す絶好の場所だということなのだろう。それなりに魔力がある舞踏会に縁のない人間にとっても、ある程度の魔力と家柄を持つ人間にとっても。
では、気合の入りまくった彼女たちの求める相手というのはどういった生徒なのか。
出会う機会はあるが年二回のみという騎士科と普通科はこの時点では除外し、魔法科の生徒のなかでの有望株を狙っているということだろう。
魔法科は一学年に三クラスあり、入学試験での成績によってクラスが分けられている。
Sクラスは特に将来有望で実力が高いと判断された生徒。AとBクラスも成績に応じて振り分けられていて、特にBクラスに気合の入った方が多いらしい。
もちろん私は一番成績の低いBクラスだ。試験内容が試験内容なのでそれは妥当だと思う。
それに比べてリーゼはSクラスでマリウスも当然Sクラス。そしてヴィルもがSクラスだった。少し寂しくはあるけれどSクラスに入って目立ちたくないので結果としてはこれでよかったのだと思っていたのだが……
「まぁ、あの子が試験の日に事故に巻き込まれた……」
「式典でジーク殿下とSクラスのあの方に抱きかかえられていた……」
クラスなど関係なく、すでに私は十分に有名な存在になっていたらしい。
確かに事故に合ったのが学校の門の前なのだし、とんでもなく酷い怪我をしたはずなのにピンピンしてこの場にいるのだから仕方がないのかもしれない。
それよりもジークとヴィルに抱きかかえられていたとはどういうことだ。
それでもしばらくすれば興味が薄れるだろうし、その間目立たないように気をつけてひっそりと過ごせば大丈夫だろう、そう思っていた。
初日から、すでにヴィルとマリウスはBクラスの女子の間でも話題となっている。Sクラスで将来有望であるだけでなく、二人とも見た目もよいのだからそれも当然の反応だろう。
――よかった、Bクラスで本当によかった。
あの二人もさることながら、リーゼも目立つ存在なのであの三人と一緒のクラスだったら本当に悪目立ちしていたに違いない。
授業ではクラスが違うこともあって、基本的にあの三人と一緒になることは少ない。一緒に受けることになる授業や一部の実技はあるが、クラスが違うので話したりする機会もほとんどない。
全員寮に入っているので寮では一緒に過ごしたりするが、寮に入っている生徒自体が少なく、男女の階が別、さらには引き篭もりも多いということもあって特に目立つこともなく、入学後の一週間を無難に過ごせていた。
しかし、平穏はちょっとしたことで簡単に崩れ去る。
私のつかの間の平穏を打ち砕いたのは、ある日の昼下がりの訪問者だった。
「シェンクさんっ! エフェメラ=シェンクさんっ!」
それはある日の休み時間、次の実技の授業のために実技塔へと移動の準備をしていた時のことだった。
あわてた様子で私の名前を叫びながら一人の女子生徒が駆け寄ってくる。長年呼ばれることのなかった姓は自分でもあまり馴染みがなく一瞬呼ばれていることに気づかなかったが、さすがにフルネームで叫ばれれば気がつかないわけもない。
「はい?」
「Sクラスのっ……エレット君が!」
「エレット?」
エレットって誰、と首を傾げる私が呼ばれて教室の外に出ると、そこに立っていたのはにっこりと微笑を浮かべたヴィル。この時ヴィルの姓がエレットなんだとはじめて知った。
「どうしたの?」
「次の合同実習からはペアを組むことになるんだけど、エフィーと組みたいと思って」
「……ペアなんて聞いてないけど」
「今日の授業で決めることになる、って先生が教えてくれたから」
「じゃあ、授業で言われたら考えておく」
「わかった。じゃあまた後で」
ひらひらと手を振りながら戻っていくヴィルの背中を見送りながら、私は何となく嫌な予感を感じていた。
教室に戻ってから実技塔へ移動するまでの間はクラスの女子生徒からの質問攻めにあい、授業が始まってからは無言で投げつけられる視線が突き刺さるように痛い。
そしてすぐに恐れていたその瞬間はやってきた。
「今後の合同実習はペアで行います。二人でひとつの課題をクリアしてもらうことになりますが……色々な課題がありますからよく考えてくださいね。お互いの苦手を補う組み合わせもよし、相性がいい人と相乗効果を狙うというのもひとつの手段です。これも授業ですから、クリアできたほうが来年のクラス編成に優遇されるというところだけは忘れないでください」
そんなことを言われれば、間違いなく自分と同等かそれ以上の相手と組みたいと思うのが人情というものなのだろう。
あっという間にSクラスの生徒たちはA・Bクラスの生徒たちに囲まれてしまった。女子生徒が男子生徒を押しのけて前に出ている。そのためか、男子生徒たちは早々に同じクラスの生徒同士でペアを組んだようだ。
そして女子生徒の輪の中心にいるのが誰なのかは私のいる位置からは見えないが、容易に想像はつく。私も同じクラスの誰かとペアを組むべきだろうと、まだペアを組んでいない様子の生徒のところへ向かった。
「ちょっと! どこ行く気ですの?」
「ペアの相手をさがそうと……ってリーゼ?」
呼び止められて振り返ると、そこには勇ましく仁王立ちしたリーゼの姿があった。
童顔なリーゼに仁王立ちで少々睨まれても可愛いとしか思えず、ついその頭を撫でていた。
「何するんですの。ペアの相手が決まっていないのなら、私と組めばいいんですわ」
「いや、でも私Bクラスだし。リーゼの足引っ張ることになるから」
「そんなこと関係ありませんわ。私がエフィーと組みたいと思っているんですもの」
目を伏せて少し顔を背けるリーゼはそれはもう可愛らしい。
ぐりぐりと頭を撫でながらリーゼを愛でていたのだが、ふいにその手をつかまれぐりぐりを中断させられる。
「俺が先約。で、俺とのペアの事考えてくれた?」
顔を上げると、にっこりと有無を言わせぬ微笑を湛えたヴィルが私の腕を掴んで立っている。
あの女子生徒の包囲網を突破してきたのだろう、私たちの周りをヴィルを追いかけてきたであろう女子生徒たちが取り囲んでいた。
「私にSクラスのペアは務まらないというか、分相応の相手がいいというか……」
「俺じゃ嫌?」
「そういうわけじゃないけれど……」
「ちょっとヴィル! 抜け駆けは許しませんわ!」
流れ落ちる冷たい汗をぬぐい、リーゼの乱入によってヴィルの意識が逸れた隙に周りの女子の間をすり抜け包囲網の脱出を試みる。
脱出目前で他の生徒にぶつかりバランスをくずしたところ、タイミングよく通りがかった生徒に支えられ事なきを得た。
お礼を言おうと顔を上げればそこには見知った顔。
「ありがとうございます、ってマリウス?」」
「またあいつか。本当に気に入られているようだな、エフィー」
「ううっ」
「ペアか……あいつらは放っておいて、俺と組むか?」
絶妙なタイミングでやってきたマリウスは、にやりと口角を持ち上げて笑う。
間違いなくじゃれあう二人の反応を楽しんでいるとしか思えない言動。案の定、私たちに気づいたリーゼが人の輪から飛び出してきた。
「ちょっとマリウス! 何やってるんですのっ!」
「エフィーが困っているようだから解決策を、な」
「へぇ……」
くくっと肩を震わせるマリウスは本当に楽しそうだ。
しかしマリウスの参戦により、先ほどまで傍観していた人の輪に完全に囲まれてしまう形となっていた。
ヒソヒソと囁き合う声。突き刺さる視線。
私の思いとは裏腹に、これ以上はないというほどに目立ち注目を浴びている。
突き刺さる視線の一部に僅かな悪意を感じ、私は小さく溜息をついた。
結局ヴィルが最初にペアを申し込んだという事で、私のペアはヴィルになり、リーゼとマリウスがペアを組むこととなった。嫌な予感しかしないのは何故だろう。
嫌な予感ほどよく当たる。
――いや、あれは予感などではなく確信だった。
次の日、授業で使うはずの教科書が見るも無残に破り捨てられ、破られたページにはご丁寧に罵詈雑言が書かれていた。
……何この幼稚な嫌がらせ。