5
病院のベッドの傍ら、イスに座っている。
目の前に眠る愛しい彼はあどけなく、規則正しい寝息を立てている。
その唇に自分のそれを重ねてしまいたい欲求に駆られる。
「…ダメ。」
その胸元に頬をすり寄せ、赤く痕を残してしまいたい欲求に駆られる。
「…ダメ。」
その体に全部舌を這わせ、高ぶる彼に抱かれてしまいたい欲求に。
「…ダメ、ダメ。」
そう、ダメ。私はもう彼の一部を手に入れちゃったんだもの。
綺麗な宝石、貰っちゃったんだもの。
小さな瓶に入ったそれは、今も私の手の中にあるの。
小さく、彼の瞼が震えた。
彼が起きる。
またいつものように寝ぼけ眼で起き上がって、私を見る。
優しい笑顔で、優しい声で、言うの。
おはよ、茜…って。
気が付くと、俺は病院のベッドに寝転がっていた。
あの歪んだ世界から帰って来たんだ。
猫が言っていた通り、徐々に体の痛みが蘇ってくる。
俺が横たわる傍らには、茜がいた。
「おはよう、葵。ぐっすり眠ってたね…よく眠れた?」
そう言って俺の体に伸ばされる手を、俺は弾いた。
「…っ……!?…ど、どうしたの…?葵?」
「…なぁ、茜。」
俺は小さく呟いた。
「茜、【目狩り屋】って知ってるか?」
茜の顔が強張る。
「…知ってんだな。」
「し、知らな…なに、何言って…葵、ねぇ…」
「俺の目、持ってるんだろ。」
茜は一瞬息を呑んだ後、病室から逃げ出した。
「…良かったのですか、これで。」
病院の中庭で、俺の傍らに座る猫が呟く。
茜はあの後病院の屋上から飛び降りて死んだ。
遺体は小さな空の瓶を握り締めていたらしい。
俺の目は完璧とは言わないまでも奇跡的に視力が回復し、今はぼやけた世界が映っている。
茜が俺の目を奪ったと知った後、俺は猫に一つ依頼をした。
「…死猫。」
「…承知しております。」
猫が死猫と呼ばれる理由、考えれば簡単だった。
死を司る猫だから、死猫。
猫は全ての死を操ることが出来、魂を自在に扱うことが出来た。
だから俺は、依頼をしたんだ。
「愛する女の命、確かに貴方様へ捧げましょう。」
今、俺の手の中には一つの玉がある。
覗き込むと、中には茜がいる。
苦しみにもがき、ここから出してほしいと泣き叫んでいる。
その涙は美しく、俺は笑顔になる。
いつの間にか猫の姿は無く、俺は俺を探しに来た看護婦に連れられ病室に戻った。
「ほら、また勝手に病室を抜け出して!お姉ちゃんはこんな所にはいないわよ、戻りましょ…あら?なぁに、その薄汚いゴムボール…」
大分昔に書いたものなので稚拙ではありますが、せっかく発掘したのでリサイクルです。
感想などありましたら書いてくださると泣いて喜びます。
あんまりホラーじゃないかも:( ゛゜'ω゜'):