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長々と、歩いている。


途中には何もなく、歪んだ世界にも大分慣れてしまった。


猫は相変わらず歩みを止めないし、俺もそれを追い掛けるのを止めはしない。


不思議なことにかなりの距離を歩いたにも関わらず、俺は疲れを感じなかった。


まあ変な世界だから今更そんな事では驚かない。


「…ところで、葵様?」


猫が歩きながら俺を見上げてくる。











「葵様は、誰かに強い恨みを抱かれた覚えはおありですか?」












猫の目が鈍い金色に光り、俺を睨んだ。


「…恨み?」


「ええ、恨み。抱かれた覚え、ございますか?」


目を細めて猫は同じ質問を繰り返す。


「…無い、と思うけど。」


自慢じゃないがイジメとかをしたことは無いし(イジメられてる奴を敢えて助けたことも無いけど)、人の人生を狂わせたことも自覚している中には無い。


無自覚にしたことで恨まれていれば、それはもう俺には分からないことだから、認識なんか出来る訳がない。


「…そうですか。」


「…何で?」


難しそうな顔をしてしまった猫に、俺は問い掛け返す。


「…【目狩り屋】は、何も無差別に目を奪う訳ではありません。彼は誰かに依頼をされて初めて目を奪いますから、貴方様が目を奪われたと言うことは誰かが貴方様の目を奪うよう依頼をしたと言うことになります。」


猫の言葉は、予想以上に俺の中を抉った。


「…じゃあ、俺は誰かに恨まれてて、その誰かが俺の目を取るよう【目狩り屋】に依頼したって言うのか?」


「可能性はございます…必ずしもとは申せませんが。とにかく誰かが依頼をしたというのは確かでございます。お心当たりが無いようでしたら、また違った理由なのかも知れません。」


「違った理由…例えば?」


猫は少し言葉を濁す。


「…さあ、分かりかねます。私が過去に見た例は全て怨恨が原因でしたから。」


「…そっか。」


「…【目狩り屋】に会って話を聞けば全て分かると思われます、そう気を落とさずに。」


俺はどうやら随分打ちのめされていたらしい、心配そうな猫に少し笑いがこみ上げる。


「ま、人生20年弱も生きてれば恨みだって買うよな。逆恨みだったらムカつくけどさ、そん時は依頼した奴ぶん殴ってやるさ。」


そう言うと、猫は目を細めて頷いた。


「ええ、その時は私も微力ながら引っかいたり噛んだりとお手伝いさせて頂きますとも。」


「…そりゃ心強い。」


「ふふ…おっと、どうやらもうすぐ【目狩り屋】に会えるようですよ。」


猫の首にぶら下がっている鈴が一際大きな音で鳴った刹那、俺の背後で甲高い笑い声が弾けた。








「キャハハハハハハハハハハハ!死猫、死猫が来たよ!人間連れて来たよ、目狩りに狩られた人間連れて来たよ!何しに来たの、何しに来たの!」


そこに居たのは子供だった。


Tシャツに短パンといった普通の格好なのに、何故か顔には狐のお面(よく祭りで売られているようなお稲荷さんのお面だ)を被っている。


何がおかしいのかケタケタと笑って、ガクガクと体を揺らしている。


「久々ですね、【目狩り屋】。相変わらずお元気そうで何よりです。」


「あは、きゃ!目狩り、元気よ!目狩りはいつも元気、元気なの!ねぇ、何しに来たの!目狩りに会いに来た、何しに来たの!」


「貴方が彼から奪った目をお返し頂こうと思いまして。」


彼、と猫は目で俺を示した。


すると子供…目狩り屋は、ピタリと体を揺らすのを止めて俺を見た。


笑い声も消え、目狩り屋の視線だけが俺を刺す。










「持ってない。目狩りはもうこいつの目を持ってない。」









その声は今まで笑っていた子供の声じゃなかった。


低く、気だるげな男の声。


「持っていない?どういうことです。」


猫が問い掛けると、目狩り屋は緩慢な動作でお面を外した。


「…ひっ……!!」


俺は思わず息を呑んだ。




目狩り屋の顔には口も鼻も無く、全てが目で埋め尽くされていた。


「目狩りは取った目を全部体に貼る。こいつの目、どこにもない。目狩りは持ってない。こいつの目、依頼人に渡した。欲しいと言われた。渡した。」


一体どこから発しているのか分からないその声は、つまらなさそうにそう言った。


「…欲しい?依頼人が葵様の目を欲しいと言ったのですか?一体それはどういう…?」


「依頼人、女。女が言った、こいつの目が欲しい。愛しいから欲しい。」


「…え?」


思わず声が漏れる。目狩り屋が猫に向けていた顔をぐるりと俺に向けた。


「お前、愛しいから欲しい。愛しいから目が欲しい。きっとあの女、今頃お前の目玉舐めながら自分を慰めている。」


口も鼻も無い目狩り屋の顔が笑った気がした。


俺は赤くなれば良いのか青くなれば良いのか分からなくて、結局微妙な顔をするしか出来なかった。


「…それで、目狩り屋。一体依頼人とは誰だったのです?」


痺れを切らしたのか、猫が目狩り屋に詰め寄る。


「…教えたくない。」


そこで初めて目狩り屋の声が弱くなった。


狐のお面を付け直して、くるりと猫に背中を向ける。


「駄々をこねないで頂きたいですね、彼は私を救ってくれた命の恩人なのです。貴方が教えてくれなければ、その目玉全て潰しますよ!」


猫がそう叫ぶと、目狩り屋は小さく悲鳴を上げて振り返った。


「おし、教える!潰しちゃ、嫌!」


その声はまた子供のそれに戻っていた。


「あの女、女!あの女…」












その後目狩り屋の声から発せられた言葉に、俺は目の前が真っ赤に染まった。


次の瞬間、俺は目狩り屋の小さな体を地面へ叩き付けていた。


「葵様…!お止めください、葵様!」


「うるせぇ!ふざけんな、下らない嘘ついてんじゃねぇよ!!」


目狩り屋は小さく呻いて細い足をばたつかせた。


「嘘、違う!目狩り嘘つかない!やだ、離して!」


「黙れ!」


振り上げた拳が止まる。


鋭い痛みを感じて見上げると、猫が俺の腕に噛み付いていた。


何故かその様子を見ただけで、俺の体は力を失っていった。


目狩り屋の胸倉を掴む手を離すと、その細い体は素早く俺から離れていく。


「だか、だから嫌だった!目狩り、言いたくなかった!ひどい、ひどい!」


「…ごめ、ん。ごめん…」


小さく呟いて、俺はうずくまったまま動けなくなった。


「…目狩り、嘘つかない。ほんとに、つかない。」


「…うん…うん、ごめん…」


「…葵、様。」


猫の体が俺の体にすり寄せられる。


薄汚れた毛並みが優しくて、俺は無い右目から涙をこぼした。

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