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事故から2ヶ月。


幸い右目以外は不随になるような事もなく、俺はリハビリにいそしむ日々を繰り返していた。


「葵、だいぶ良くなったみたいだね。」


松葉杖をついて歩く俺の隣を歩きながら、茜は笑顔を見せる。


いつの間にか身長を抜かしてしまっていた姉貴を見下ろして、俺はつられるように笑う。


「そだな、もうほとんど問題ねぇよ。」


俺の右目がもう見えないという事実を知った時の茜の様子は酷いものだった。


普段の大人しい茜からは想像もつかないほど取り乱して、医者に掴みかかって泣いていた。


「あたしの目を葵にあげてください!お願い、あげて!出来るでしょう!?お願いよ…!!」


俺は茜の手を掴んで、泣いた。


そこまで言ってくれる姉貴に、喜びよりも悲しみを覚えた。


俺の静止の言葉に何とか落ち着いてくれた茜は、その後俺の看病を付きっきりでしてくれた。


元々親は共働きだったから、茜の行動は当たり前と言えば当たり前なんだけどな。


「葵、今日はゼリー買ってきたの。食べるでしょ?」


「おう、食べる食べる。桃のやつ買ってきてくれた?」


「うん、もちろん。あたしはみかんね…はい、どうぞ。」


病室に戻って、茜が買ってきたゼリーを食べる。


まだ右腕はギプスで動かせないから、茜が一口ずつスプーンで掬ってくれる。


最初は恥ずかしくて仕方なかったが、2ヶ月も経てばいい加減慣れた。


ふとベッドに振動が伝わって、俺は枕元に置かれた携帯に左手を伸ばした。


ほんとは携帯の電源は切るべきなんだろうけど、個室ってこともあって黙認されていた。


だけど、俺の左手は目標と少しずれた場所に置かれた。


「…まだ、ちょっと遠近感…慣れないね。」


茜が手を伸ばして、携帯を取ってくれる。


「…ん。まあ、ずっとウィンクしてるみたいなもんだからなぁ。」


「なぁに、それ…」


俺の冗談に、笑う。


だけど、泣きそうな目だけは誤魔化せなかった。


俺は少しだけ、ほんの少しだけ苛立ちを覚える。


いつまでこいつはこんな顔し続けるんだろう?


「それじゃ、もうちょっとで面会時間終わるから…帰るね。」


「うん、気を付けてな。」


リハビリがてら茜を玄関まで見送って、俺はそのまま病院の中庭へと足を運んだ。


小さな公園みたいなそこには、もう誰も人はいない。


ベンチに腰掛けて、空を仰ぐ。


相変わらず右目は月の光も感じられず、ただ真っ暗なものを睨み続けるだけだった。






















「こんばんは。ご機嫌、いかが。」








舌っ足らずの子供のような声が、足元から聞こえた。


「………ッ!?」


俺は肩を震わせて慌てて足元を見る。


子供がベンチの下に潜ってイタズラをしてきたのかと思ったが、ベンチの下には誰もいない。


「…何だ?…空耳…?」


「いいえ、確かな声でございますよ。」


その声は俺の真横から聞こえた。


そちらを向けば、ベンチの端に何やら黒くて丸い物が鎮座している。


「…猫?」


それは黒猫だった。


痩せて、薄汚れた、首輪も無い野良猫のようだった。


「…お前、あん時の…?」


それは確かに、俺が助けた猫だった。


「はい、その節は多大なるご迷惑をお掛けいたしまして。」


俺の目の前で、猫の口が動く。


その目は金色に光り、真っ直ぐに俺を見ている。


「……猫が喋ってる。」


「はい、猫は喋るものでございます。」


「…そうか。そういうもん?」


「そういうもんでございます。」


「…そっか。そっかそっか…んな馬鹿な!!」


あまりにも当たり前のように猫が喋ってるもんだから、危うく流されるとこだった。


「馬鹿とは失敬なお言葉。現に私はこうして口を動かし、貴方様と言葉を交わしているじゃありませんか。」


「そ、そうだけどさ…猫が喋るなんて聞いたことないし!理解できねぇ!!」


「ではたった今からご理解下さいな。猫は喋るものでございます、宜しいですか?」


「……、…………はい。」


金色の瞳に睨まれて、俺は思わず頷いた。


「こら、何してるの!」


猫は喋るもんなんだと新しい認識を得た俺の耳に、突然違う声が飛び込んできた。


「夜は中庭立ち入り禁止ですよ、ほら病室に戻る!」


見回りに来たのだろうか、一人の看護婦が懐中電灯を持って俺の方へとやってくる。


「あ、すんませ…あれ?」


一瞬目を離しただけなのに、あの黒猫の姿がどこにも無くなっていた。


「どうしたの?ほら、行くわよ。」


「や、あの、猫が…」


「猫?やぁね、こんな所に猫がいるわけないでしょ!病院の建物に囲まれてる場所なんだから。」


まあ確かに言われてみればそうなのだ。


この病院はロの字型をしていて、その真ん中のスペースを中庭としている。


外ではあるが、ここに猫が来るためには、病院の入口から入って来なければならないことになる。


さすがにそれは無理だろう。


病室に戻り、ベッドに寝転がる。


あれは一体何だったんだろうか。


「夢…白昼夢、ってやつかな?俺疲れてんだなぁ…」


「おや、お疲れですか。それはそれは。」


ガバッと起き上がる。


ベッドの隅っこ、そこに黒猫はいた。


「お、お前…どっから入って来たんだよ!?」


「どこからでも。猫と言うのは道を多く知っているものなのですよ。」


やっぱり喋っている。


今度こそ俺はこの事態が紛れもない現実だと認識した。


「…何だよ、俺に何の用なんだよ。」


「ああ、まだお話していませんでした。先程は邪魔が入ってしまいましたからね、申し訳ありません。」


「邪魔…あー、看護婦さんな。」


猫は俺の膝元まで歩いてきて、ちょこんと座ってみせた。


「ご用件は他でもありません。謝礼と謝罪、そして提案を。」


「…?」


首を傾げる俺を見て、猫は目を細めてその小さな頭を深々と下げた。


「まずは、あの時私をお助け頂き、誠にありがとうございました。おかげさまでこの通り、ぴんぴんしております。」


「…あ、うん、どういたしまして。」


「そして次に、大変申し訳ありませんでした。私を助けたために、そのような傷を負ってしまい…。」


「や、うん…気にしないで良いから。」


猫は頭を上げて、背筋をぴんと伸ばした。


「最後に、提案でございます。私と共に、貴方様の【目】を取り戻す旅に出ては頂けないでしょうか?」


「…へ?」


猫の言葉をすぐには理解できなくて、俺は間抜けな声を出してしまう。


「貴方様の【目】は、あの事故の際に【目狩(めが)】によって狩られました。その目を取り戻す旅へと、お供して頂けないか、と。」


「ちょ…ちょ、ちょっと待て。全然意味が分からん!」


俺が声を荒げると、猫は少しだけ首を傾げた。


「ですから、貴方様の目の話でございます。貴方様の目、取り返したくはないですか?」


「そ、そりゃ取り戻せるもんならそうしたいけど…」


猫は俺の言葉を聞くなりすくっと立ち上がった。


「ならば話は早い、早速参ろうではありませんか!」
















猫が声高らかにそう叫ぶと、俺の体は突然何かに引かれるように勢い良く後ろへと飛んだ。

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