104.side-B
−104.七月一日(side-B)−
「まったく……那智香が不憫でなりませんね」
ため息を漏らしながら伯耆さんは独り言のように呟いた。まぁ、まったく持ってその通りだとは思うが……。何せ、今から告白しようという人間が自分と友達を間違えたのだ。つまり知名度ゼロ。この時点でかなり結果が見えている。おそらく伯耆さんの言葉はその事を察してだろう。最も今のところ、誰とも付き合う気はないのだから関係ないといえば関係ないのだが。
それにしても、二人きりになった途端、突然口調が変わったな。
細かい事は気にせず、とりあえず現状はこう。『光矢さんの友達の伯耆さんが俺を迎えに来て、何だかんだで逃げてきたら待ち合わせ場所とはまったく逆方向に来ていた』と。つまり俺のミス。俺は一体今日いくつミスしたんだか……。
因みに言うなれば、私立葉崎高校という学校は無駄に広い。魔術学部併設に伴い、機密性の保持の関係上から、莫大な資金の援助と校舎の新設が行われた。結果、この学校はそこら辺の二流大学なんか比べ物にならないくらい広いのだ。
「うん……そう。今からそっち行く。すぐ連れてくから……じゃ」
いつの間にか電話をかけていた伯耆さん。相手は光矢さんだろう。こんな風に連絡携帯を使う事も普通。不思議に思うかもしれないが、これも校舎が広いゆえに許された特別である。例外として魔術学部にはバリアが貼ってあり圏外となるが。
「さて、早く行きましょう。那智香が待っています」
それだけ言うと、返事も聞かずすたすたと先に歩き始めてしまった伯耆さん。心なしか怒っているようにも見える。……理由は明白か。
ひたすら静かに、ひたすら素早く、ひたすらまっすぐ歩き続ける伯耆さん。
何と言うか間が持たないな。正直言うと伯耆さんの雰囲気があまりにも刺々しい。ここは何かひとつ話をして場を暖めるべきか……。いや、暖めてどうするよ。伯耆さんと和むのか?んで、光矢さんのもとにつく頃には仲良しこよしってか?
……嫌だ。あまりに嫌過ぎる。俺にとってではなく、光矢さんにとって。初対面のはずの友達が自分より仲良くなってた日には、泣きたくもなるだろう。 ここはやはり無難に光矢さんのことでも聞いて均衡を保とう。それが一番いい。
「あのさ、光矢さんってどんな子なの?」
「それは自分の目で見るなり、本人に聞くなりしてください。その方が那智香は喜ぶでしょうし、私にその質問をするのは無意味です」
無意味って、おいおい。普通こういうのって、友達に聞くもんじゃないのか?少なくとも本人に聞くもんじゃないだろう。と、心の中で伯耆さんの刺々しい言葉に突っ込みを入れつつも俺はめげない。必死に会話を続けようとする。
「喜ぶとかそういうんじゃなくてさ……」
「じゃあ、どういうのです?」
「強いて言うなら……いや、違う違う。とにかく君からの見解が聞きたいだけ」
「だから無意味です。私の意見には主観が入ります」
伯耆さんは冷たく、事務的に言い放った。俺も負けじと変な意地で言い返す。教室でみたあの恥ずかしがりな感じの伯耆さんは何処へ行ったのだろうか?こう猫をかぶる子だとは思いもしなかった。
「主観とか無意味とかって……、まったく機械みたいな言い方しなくても」
「仕方ありません、私は機械なんですから」
「は?」
「何度も言わせないで下さい。私はいわゆるアンドロイドという奴です」
「はは、面白い冗談だね」
「あたりまえです、冗談ですから」
……正直、伯耆さんの口から冗談という言葉が出てきたとき、時が止まったかと思った。あまりにシュールだ。シュール過ぎるギャグセンスだ。というか、どのタイミングで笑って言いのかわからねー!
実際のところ時は止まったりせず、刻一刻と過ぎてゆき、俺と伯耆さんはしっかりと地に足つけて歩いている。なんら変わらない。付け加えられたものを強いて言うならば、二人の間に痛々しい沈黙が新たに横たわったぐらいか。
カムバック、教室でひたすら照れていた伯耆 里奈さぁーーーーん!!
お約束の心の中での絶叫も終わったところで、さて如何したものか。
「あなたは……那智香をどう思っていますか?」
静寂を破ったのは意外や意外、静寂の元凶のご当人であった。
「あんな手紙を送る鬱陶しい子ですか?その手紙に名前を書き忘れる落ち着きのない子ですか?友達をよこして自分では会いにこれない臆病な子ですか?それとも……その他?」
「未回答が駄目だとするならば、『その他』にはいるんだろうな」
俺は興味なさそうに――いや、興味ないからそっけなく答えた。というか、興味を持つ要素を伯耆さんが無理矢理断ち切った気がするのだが。それに名前の着描き忘れ、気づいていたらしい。
俺の答えを聞いてか、意を決したように伯耆さんは立ち止まる。急に立ち止まられたのでぶつかりこそしなかったが、かなり近い位置に立つ事になってしまった。
至近距離で振り向いた伯耆さんの顔は怒りでも照れでも悲しみでもない――なんとも形容しがたい笑顔が浮かんでいる。笑うことになれてない奴が無理して笑った笑顔を想像してくれれば、それで大体合致するだろう。
「一ついいこと教えておいて上げます」
「ん?」
伯耆さんが近くにいるからといって取り乱したりはしない。話しやすい距離をとるため後ずさりながら適当に返事しておいた。
「伯耆 里奈なんて人は存在しません。ここに居るのは当のご本人である光矢 那智香ちゃんです」
「あー、はいはい」
また冗談だと思い適当にあしらう。
だが、伯耆 里奈――自称、光矢 那智香の目は真剣そのもの。自分に人を見る目があるとか、嘘を見極める判断力があるとは到底思えないが、自分の感じたことを信じるくらいのことは出来るつもりだ。
「あなたが最初に私のことを光矢 那智香だといったときは心底焦りましたよ」
「まぁ、君の言っている事を信じるとして、この行動に何の意味があったんだ?」
他人の名前をでっち上げ、携帯電話を使って演技をし、綴木や知り合いに見つかればそれでばれてしまうという穴だらけの計画を実行する必要性とメリットが少しも感じられない。そんな俺の悩みをいともあっさり打ち払うかのように光矢さんは答えた。
「恋する乙女が相手にどう思われているか知りたくなっちゃ、変ですか?」
あまりにあっけらかんとした光矢さんの言葉と笑顔につられ、俺は思いっきり笑った。たはは、と綴木の真似をするような感じで、周りの目を気にもせず、思い切り。
「まぁ、今じゃそんなの無駄だったって分かりましたけどね」
笑顔は崩さず、友人と遊びに行く算段でもするかのような気軽さでは無しを続ける光矢さん。
「あなたはいくら時が立っても私を振り向かない。だから脇役は退場する事にしました。後はあなたの選んだヒロインと勝手にイチャイチャしててください。それじゃ」
早口にそれだけ言って、少女は走って行ってしまった。俺の見える範囲で彼女は涙は見せなかった。見えなくなくなった後では知らないが。俺は、光矢さんを――若しくは伯耆さんを追いかけるような事はしなかった。
それから少し経ってから、そういえば早く帰ってくるよう言われていたのを思い出し、早々にクラスに戻って帰る準備をして校門を出る。今日の出来事など無かったかのように俺は歩み始めた。
後日談。伯耆さんという人物はこの学校には在籍せず、光矢さんは演劇部所属だったらしい。その事を考えれば、携帯電話の演技や最後の台詞に『脇役』やら『ヒロイン』という言葉が出てきたのは不思議ではなかったのかもしれない。結局、俺は彼女のことに付いて何も知りはしなかったが、彼女の人生に幸多からんことを、なんてな。