103.side-S
−103.七月一日(side-S)−
――昼休み。
午前中の授業がやっとのことで終わり、みんながみんな、いや、少しぐらいは例外はいるけど、笑顔をほころばせて疲れを取っている。
友達と食事する人。
恋人と談笑する人。
後輩に呼ばれる人。
他クラスへ行く人。
実にさまざまな人々が無秩序に混在する中、今日もまた壮絶な戦いの幕が切って落とされた。
「イヤッホーイ!ウインナーゲェェット!!」
麟ちゃんが緑色の可愛げな箸で白音ちゃんの弁当箱から俗に言う赤いタコさんウインナーをつかみ上げ、けたたましいシャウトで勝利宣言をした。ロボットアニメ顔負けの壮絶なパッションだ。
「ふん、甘いな、麟」
ウインナーを取られた白音ちゃんは皮肉った笑いを浮かべ、勝利に酔っている麟ちゃんのがら空きの弁当箱からアスパラのベーコン巻きをさらっていった。
両方質量的には大差はないけどアスパラのベーコン巻きは麟ちゃんの大好物。勝敗は歴然だ。
そんな二人の対決を誰も止めようとはしない。止めようとすれば、何を今更という目で見られ不思議がられるし、何より自分の弁当を取られかねない。だから二人のこの対決はほとんど学校名物となっていた。何せ、空想世界ならまだしも本当に弁当の取り合いをする奴なんて早々はいない。
勝負の発端はいつも麟ちゃんが白音ちゃんの弁当を取ることからはじまる。これは単なる食い意地の張りすぎが原因。その反撃として白音ちゃんは大体同質量で麟ちゃんの好物をサッとさらう。最小限の行動で最大限の効果を生むベストな戦法。白音ちゃんが反撃するのは食い意地のためではなく、麟ちゃんを放置しているといつの間にか全て食べられてしまうから、見せしめとしてだけど。
「NOoooh!あたしのアスパラとベーコンがぁ!」
「以後懲りて止める事だな」
いつもと同じ白音ちゃんのそのセリフで試合は終了。今回は朝と違い、白音ちゃんの完全勝利。
ようやく落ち着いて食事が取れるようになったので、二人に私は近づいていって弁当を広げた。いつもと同じ兄さんが作ってくれた、どこで広げても恥ずかしくない最高の弁当。と言うわけで二人の標的は時々私になってしまうわけである。
「今日はメインはエビフライか」
私が弁当を広げたのを見て白音ちゃんが横から口を出した。
白音ちゃんが言ったとおり今日のお弁当はエビフライメインのお弁当。メインのエビフライをはじめ、卵焼き、にんじんのグラッセ、セロリのチーズ巻きなどが所狭しと並び、いろんな味が楽しめるようにと少量ずつならべてある。
「お、これはまたまた美味そうな弁当!いただきっ!!」
箸を伸ばしてくる麟ちゃん。だからといってされるがまま、盗られる私ではない。
麟ちゃんの狙いはおそらく卵焼き。その軌道を予測して麟ちゃんの箸を自分の箸で止めた。行儀は悪いが、これも兄さんの弁当を守るため。許してください、神様、仏様、お兄様。
私の予想はぴたりと当たり、しっかりと勝利を収めた。ごめんね、麟ちゃん。世の中は残酷なんだよ。さて、勝利者の私は優雅に卵焼きの味に舌鼓を打とう。
「って、あああー!!」
私が麟ちゃんの箸を押さえている間に白音ちゃんの箸がしっかりと一つしかない卵焼きを捉えていた。
呆然としているうちに無情にも白音ちゃんの口の中に収まってしまった私の卵焼き。何て世の中は残酷なんだろう。
「ああ、私の《愛しい卵焼き》が……」
「ああ、あたしの《美味しい卵焼き》がー!!」
「ふむ、調味料の塩梅も焼き加減も絶妙だ。美味かな、美味かな」
三者三様に反応を見せた。ついでに言っておこうと思うけど、麟ちゃんの卵焼きではない。そこら辺はっきりさせておく。
いくら穏和な私であってもこればっかりは許せないよ、白音ちゃん。皆さんもそう思いますよね!?ね!?と言うわけで私はプチ切れ状態と化す。エビフライをとられていたら、『プ』が『ブ』になってる所だったけど。
「いや、本当に飛鳥の兄君は天才だな。飛鳥の話を聞く限りでは容姿端麗、頭脳明晰。申し分ないな」
が、シニカルに笑いながらそんなことを言われただけで鎮静化してしまう私の感情。アップダウンが激しいと言うなかれ。これはもう生理的というか、条件反射というか、とにかく遺伝子レベルで組み込まれた宿命なのだ。
完全にこうすれば私が収まると知っていて卵焼きを取った白音ちゃん。前々から分かっていた事だけど侮りがたし、青海 白音!
「前々から思っていたんだがな、飛鳥。私はお前のあに――」
「おぉぉぉっと、白音!それから先は禁句だぜぇ!何故ならぁぁぁぁ!」
麟ちゃんは白音ちゃんの言葉を静止した後に五秒ぐらいのタメをおく。
「あた―――」
「『あたしが前々から言おうと思っていたからだ』だろう?」
そして、そのタメは長すぎたが故に白音ちゃんにばっちりタイミングを合わせてかき消されてしまった。これは当分続きそうな白音ちゃんの逆襲方法。これより先、麟ちゃんが言おうとしたことは全て予測され先に言われるという一種神業的な逆襲だ。
「というわけでだ、飛鳥。私と麟はお前の兄君が見てみたいんだ」
「駄目」
即答却下。兄さんに会わせれば忙しい兄さんの邪魔をすることになる。それは避けたい。私は取り繕うように、誤魔化すように、逸らすように、次の言葉を発した。
「さ、早くしないとご飯食べる時間なくなっちゃうよ。この話はおしまい」
二人は納得できないような顔で自分の弁当に箸をつけるのを再開した。
このとき私は決定的なことを見落としている事に後々気づいた。二人が話してもいないのに個々で私の死角でほくそえんでいた事を。そして、二人がこの程度で諦める性格ではないという事を。