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102.side-S


 −102.七月一日(side-S)−


 今日も何とか時間内に学校にたどり着けた。まだ少しだけ余裕はある。

 私は今、市立の中学校に通ってるわけだけど、もう三年目。つまり受験生。切羽詰ってるわけなんです。

 何せ私が受けようと思ってるのは今の偏差値+10はある私立の学校。ホント自分でも恐ろしい決断をし、無謀な挑戦をしているとわかってる。それでも私は兄さんの通っている葉崎高校に行きたい。わざわざ魔術学部でなくてもいい。同じ校舎内なら普通学部でもいい。そもそも、魔術学部の試験をパスしたのは全国でも一握りどころか一つまみぐらいだ。そんなところに兄さんが通ってるなんてすごいだろう。えっへん!って、兄さんの自慢をここでしても仕方ない。

 兄さんからこのことは口外禁止命令を受けている。何でも校則で決まっているらしい。兄さんは魔術を使用する人口が少ないが故に学生のころからスカウト等が騒々しくなるからだとか。兄さんに言われたからには私は守る。言いたいけどいえないもどかしさ。なんて辛いんだろう。二人だけの秘密みたいで嬉しくもあるけど。

「おう、どうしたよっ!いつもどおり普通じゃん!?」

 とそんな事を考えているうちに麟ちゃんがハイテンションに話しかけてきた。

「麟、その表現だと飛鳥が普段、普通ではないという表現に誤認される。もっとも、飛鳥の性癖には些か問題があるというのは確かではあるが……」

 続くようにシニカルな淡い笑みを浮かべながら白音ちゃんもやってきた。

 最初にやってきたのは青海 麟ちゃん。何事もテンション重視というかテンションが無いと何も出来ない気分屋な女の子。ショートヘアで、元気をそのまま絵に描いたような容姿をしている。

 次にやってきた子が常陸 白音ちゃん。簡単に言うと麟ちゃんの突っ込み役。読書家な所為か、しゃべり方がわりと変な女の子。髪は私より少し長くて、むすんだりはしていない。眼鏡をかけたらものすごく似合いそうな人だ。かけていないのが残念なくらいに。

「てことはやっぱ普通じゃないじゃん!」

「だが、先ほど麟は『いつもどおり普通』といったじゃないか。それでは発言が矛盾している」

 日常的な漫談。それなりに楽しいので毎朝傍観しているけど、天然でもよくもこうネタが尽きないものかなと不思議に何度も思う。

「うわー、屁理屈ウゼーっ!」

「屁理屈ではなく論理思考だ。まったく、『麟』という字は霊獣である麒麟からきているが、転じて聖人や英才などにたとえれれている。現在の麟からは想像も出来ない。名前負けだな、麟」

 勝ち誇り、皮肉った笑みを浮かべる白音ちゃん。名前を蔑むのはどうかと思うけど。

 今日もまた白音ちゃんに軍配が上がりそうだ。私の数える限り麟ちゃんの勝利数は三回ほど。白音ちゃんの休みによる不戦勝二回と実力行使が一回。

「トリビアウゼーっ!」

「名前が貶されるのを怒る前に私の知識量を否定するのか、麟は」

 これを聞いてるといつも通りの朝だなぁと心底思う。日常って平和だ。まぁ、日常とは得てして少しずつ変化するのだけれど、兄さんがそんなことを前に言っていたような、言っていなかったような、やっぱり言っていた気がする。

「そんな事気にしてられねーよっ!お前なんかこうだ!」

 突然、麟ちゃんが白音ちゃんのわき腹に抱きついた。客観的に見るとこの体勢はなんとも不可思議というか奇妙というか非日常的なもの。前にもこんな体勢が二度ぐらいあった。一度目は麟ちゃんが覚えたたてのプロレス技をかけようとしたとき。もっともその時は白音ちゃんが得意な合気道の技で軽くいなされ、未遂に終わったけど。確か麟ちゃん逃げ台詞に、中国四千年の歴史を見せつけんなぁっ!とか言ってたな。合気道は起源はアラブでロシアで完成したという誤情報を麟ちゃんに与えていた方が私は印象に残ってるんだけど。

 そして二度目は、

「や、止めろ!そんなとこ触ってなんになる!お前の得にはならないぞ!あ、あ、あ……」

「うひゃひゃひゃ。ここか、ここが感じるのか?」

 こうやって逃げの一手でわき腹をくすぐる時。麟ちゃんの発言だけ聞いてたら親父的だ。セクハラだ。そんな事はお構い無しにひたすらくすぐりを続ける。むしろどんどん強く、早くなっていく。あれだけ指がしなやかに早く動くなら、ピアノなんかに活かせばいいのに。

 白音ちゃんは限界が来たのか声も上げれず、適当な机の上を何度か叩いてギブアップした。笑いをこらえている所為でせっかくのクール&ビューティーなイメージは総崩れ、髪もボサボサになっていた。

「はははー!あたしの勝ちー!」

 Vサインを高々と空に掲げ、勝ち誇った笑みを浮かべている麟ちゃん。一点の曇りもない青空のように本当に爽やかだ。やった事は卑怯だけど。

 かたや声をあげる事も出来ず、肩で息をしている白音ちゃん。耐え続けていた所為かとんでもない形相だ。特に目が。少なくとも女の子ができるような目ではない。

「ようやく、だが、おは、よう、飛鳥」

 白音ちゃんは精神的に落ち着いてきたのか、息は絶え絶えながらも挨拶をしてきた。顔は既にいつも通りに戻りかけている。

 白音ちゃんは四度目の敗北のあとにもかかわらず、普段と変わらない冷静さ。少し息は荒いが許容の範囲内。そんな冷静沈着である白音ちゃんの弱点がよもや、くすぐりというなんとも幼稚な行動とは誰も思いはしなかっただろう。そんな最終兵器を手に入れた麟ちゃんは嬉々として使用している。けど白音ちゃんもやられるばかりではない。もちろん合気道の技で応戦している。つまり、力量比が99:1ぐらいだったのが、89:11になったぐらいな訳。なんにしろ麟ちゃん、もうちょっと学習能力をつけるべきだよ。

「ああ、そうだ。私は麟などではなく、飛鳥に用があったんだ」

「ん?何?」

 思い出したかのように白音ちゃんが私に用件を言い始めた。

「宿題を見せてはくれないか?」

 めずらしい。白音ちゃんが私に頼み事をしてくるなんて滅多にない。ましてやそれが宿題の写しだなんて一生に一度あるかないか。よほど切羽詰っているらしい。

「別にいいけど……。どうかしたの?」

「勘違いをするな。写すわけじゃない。少し解らないところがあったんで、見せてもらいたいだけだ」

 それでもめずらしい。私よりずっと勉強が出来るはずんだけど。とりあえず鞄の中からノートを取り出し、ページを開いて手渡した。

「ふむ、こう解くのだったか……。やはりすごいな、『飛鳥の宿題』は」

 変な含みを持って言わないでほしい。それじゃあまるで、

「この問題を解いた人物はすごいな」

 私がやってないみたいじゃない。

「それは私が解いたんだけど……」

「嘘をつくんじゃない」

 白音ちゃん、それはあんまりだよ。そんな風に一蹴しなくても。あまりにも無体じゃない、それって?私だって傷つくんだけどな。

「後々誰が見ても解るように細かく書いてある。その上、一度も消したあとがない。飛鳥の成績なら発想さえ合えば解けない事もないが、それでも一度で解くのは無理だろう。ならば、誰かに別の紙に書いて教えてもらい、それを後から写したと考えるのが普通ではないかな?」

 白音ちゃん大正解です。その問題はどうしても解けなかったんで、昨晩兄さんにやり方と答えをルーズリーフに書いて教えてもらいました。恐るべき洞察力です、御見それしました。

「それにしてもここまで解りやすくこの問題を解くとは下手な教員よりは数段上だな、その人物は」

 本当は誰が解いたか白音ちゃんは察しがついてるのに、あえて個人名は出さなかった。

「どれ、この解法のすごさでも実証してみよう。ほれ、麟。この問題を解いてみろ」

 そう言って話の輪から外れていじけていた麟ちゃんの前に教科書のみを差し出した。三秒程度だと思う。その間黙考した麟ちゃんが突如爆発した。

「くわっ!眼がっ!頭がっ!バグるよ、こんな問題!」

 頭の上にクエスチョンマークを乱舞させながら、悶え苦しむ。オーバーリアクションにもほどがあるよ、麟ちゃん。

「これが解き方と答えだ。読んでみろ」

「うひゃー、こんな解き方すんの!?解るわけないじゃん!わたしをいじめて楽しいかコンチクショー!!」

 効果のほどはすごかった。普段なら答えを見せられても訳が分からず投げ出すあの麟ちゃんが解き方を理解した。驚きだ。改めて思うけど兄さんはすごい。心底誇りに思う。

 そうやって毎日毎日兄さんに感心し、そしてどんどん好きになっていく。そんな日常の中に私がいれることが何よりも幸せだと思える。本当にこんな幸せな妹は世界でも私一人だよ。美しき愛、すばらしい!

「うん、見れば見るほどウロコに目!と言うわけでちょっとばかし借りてくぜぃ!いやっほーい!」

 捨て台詞のように言葉を吐いて颯爽と自分の席に帰っていった。付け加えるなら『目から鱗が落ちる』だよ、麟ちゃん。ウロコに目があったら怖いよ。

「さて、麟も席に着いたことだ。HRもそろそろ始まる。私も席に着くとしよう」

 そういって白音ちゃんも席に戻っていった。同時ぐらいに担任の先生が入ってくる。今日も平凡な一日が始まりそうだ。

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