101.side-S
−イントロダクション−
もしも生まれ変わっても、私は私に生まれたい。貴方の傍に生まれたい。
−101.七月一日(side-S)−
私、睦月 飛鳥は寝ていた。ふかふかの布団の中でそれはもうぐっすりと。
本来なら学校に行かなければなけない時間。でも布団の中はとっても気持ちいい。だからいつも遅刻しそうになる。でも、私はいつも遅刻しない。
それは大好きな兄さんがいるから。部活があって毎日忙しいのに部屋までやってきてわざわざ起こしてくれる。
だから悪い言い方をすると依存してしまう。
それに朝、兄さんが起こしてくれたら兄さんに一番に会える。そしたらすごく気分がいい。寝起きは悪い所為で、だらしない格好を見られるのは難点だけど。
と言うわけで私が朝に弱いのは兄さんの所為でもある。
だからって兄さんを攻めたりしないし、辞められたら困る。私の朝の楽しみなんだから。攻める理由だって明らかにあてつけというか、八つ当たりだし……。
そろそろ兄さんが上がってくる頃。それが理由な訳じゃないけど、だんだん眠くなってきた。
いつもそう。兄さんが上がってくる直前までは朧気ながらも記憶があるのに、兄さんが上がってきたときの記憶はいつも無い。どうしてだろう?
答えは簡単。兄さんが近くにいてくれるだけで私は安心出来る。兄さんが横にいるときに一番ぐっすり眠れるの。
「 ――、あ―か― 」
遥か遠くの方で兄さんの声が聞こえる。
頭までは届いてるはずなのに身体は動いてくれない。動く気も無いんだけど。
「お―――きろ――か」
今度はずっと近くの方で声が聞こえる。どうやら枕元まで来てくれているらしい。
だから私は少しだけ言う事を聞く口を開いた。
「んー?」
「お 、早――きろ」
動いたのは口だけで他に何の反応も示してはくれなかった体。
もしかしたらこれは夢?私の勝手に抱いた幻想?きっとそうだ。あまりの眠たさでみる幻覚。現に不思議な浮遊感がある。宙に浮いていて、それでいて暖かいものに包まれている安心感。きっと兄さんがまだ来ていていないんだ。だったらまだ寝ていよう。
時として不快感とは自分の思っているとは別の方向からやってくるものらしい。そう、今の私みたいに。
突然、足元にしっかりとあった浮遊感が無くなった。足の方だけなくなれば当然、立ったような状態になる。今の所、寝ながら立っているなんて技能を私は持って無い。
「う、うー」
苦しかったので自ずと口からうめき声が漏れてしまった。
それにしても不思議。体が寝ていて足に力が入らないはずなのに、ずっと立っていられる。上半身の温かい浮遊感のおかげらしい。その所為でばっちり目が覚めた。あまりスマートな起き方じゃないけど。目覚めは最悪、当然機嫌も悪い。
でもとりあえず起きた時の日課だけは果たしておこう。
「くわー」
私は大きなあくびをした。これをしないとどうも起きた実感がしない。兄さんの前ではなるべくしないけど。
寝ぼけ眼の所為で視界がぼやけているので目をこすった。そうするといつも通りのクリアな視界が広がった。ちなみに私の視力は両方2,0。ちょっと自慢。
ところで簡単な疑問なんだけど、何で立っているんだろう?はて、私は夢遊病に悩まされている覚えは記憶の欠片も無いはずなんだけどな……。もしや今日から発病したのかも。あり得る。自分で言いたくは無いけど私ならあり得る。事故と病気はいつも突然にやってくるものだ。うわー、どうしよう。そうだ、兄さんに相談すれば一発で解決してくれるよね。
「おはよう」
そうそうこんな感じの声のかっこいい兄さんに相談すれば……って、ええ!?
私は無意識の内に飛び退いた。我ながら最悪のリアクション。
「ななな、何で兄さんが?!」
反射的に指まで指してしまった。なんて愚かな行動をしてしまったんだろ。悔やんでも悔やみきれない。
早く頭を覚まさなければ、さらに泥沼化してしまう可能性は特大。
「いつもながら、飛鳥が起きないからだ」
呆れた様に兄さんはいった。その中にも優しさが込められているのを、私はひしひしと感じた。私って愛されてる♪
と、取り乱しちゃった。そんな私とは反対に、兄さんはどんな時も落ち着いている。私は慌てっぱなし……どうしてもっと兄さんみたいにスマートに出来ないんだろ、私は。
必死に落ち着こうと辺りを見回している時、ふと鏡が目に入った。
「きゃあ!髪ボサボサッ!部屋もグチャグチャッ!」
とんでもない姿を兄さんに見られちゃった。この前兄さんが一緒になって片付けてくれたこの部屋も。さぞ、兄さんは絶望したに違いない。終わりだ……。もう立ち直れそうにないかも。
「先に行ってるから遅刻すんなよ」
「あ、うん」
それでも兄さんはいつも通り、私を起こして一回へ降りていった。だから私も平静を装い返事をする。よかった。特に気にしてないらしい。私の兄さんへの愛の前ではこんなことはちっぽけな出来事だった。愛は勝つ!
愛で思い出したけど昨日、愛妹弁当を作るって約束したのに結局寝過ごしてしまった。
そんな事は置いといて、早く準備しないと兄さんがっせっかく起こしてくれたのが無駄になってしまう。私は急いで着替え、髪を梳く。セミロングの髪をポニーているにまとめている最中、
「いってきます」
と兄さんの声が聞こえた。
玄関まででて見送りたかったけど、流石にそれは無理そう。だからほんの少し大きめの声で、兄さんに言葉を贈った。
「いってらっしゃい!」
扉が閉まる音がしたから兄さんはもう家を出たようだ。私も早く家をでないと。
髪を結い終わり、私は鞄を持って一階に降りた。鞄の中身も確認して忘れ物がないかも確認したから大丈夫。
一階に降りると朝食がすでに準備されていた。さすが兄さん。トーストにジャムまでちゃんと塗ってくれている。時間は余裕があるからゆっくり食べれそう。
さて食べようとする前に、横においてある紙に目が留まった。兄さんの走り書きのメモらしい。
『・弁当を鞄に入れ忘れないこと。
・玄関の鍵を閉め忘れないこと。
・鞄の中身を確認すること。
・遅刻しない事。』
その他、諸々いろんな確認事項がかかれている。過保護すぎるまでに細かい。それは毎朝の事だから飛ばし飛ばし読み、最後の部分で目が止まった。
『PS.今度は弁当楽しみにしてるぞ』
それは兄さんの書いた皮肉だったのかもしれない。でも、その言葉が私にとっては無性に嬉しくて仕方なかった。
私はそのメモ用紙を綺麗に四つ折りにすると、鞄の中にしまいこみ、意気揚々と朝食を食べるのだった。