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202.side-B

 

 −七月七日(201.side-B)−

 

 昼休みが終って五時間目。いろいろ悶着はあったが(強制的に弁当が入れ替えられたり)、とりあえず五時間目。

 五時間目は、魔術技術の授業。毎日ある授業だったが、今日は特別だった。

 実習授業。

 一年生から通して初めて、魔術の実践になる。今までされなかった理由は簡単で、単に危険だからだ。魔術式の組み立て失敗は、命に関わる。

 だから今までずっと、座学による理論勉強に留まっていた。それがようやく今日、次のステップへと進めるのだ。周りのクラスメイトの中にちらほら、目に見えて浮き足立っている奴が居る。

 そんな中、俺は一人、不安に苛まれていた。どうしようもなく、見えない不安。

 綴木との会話で沈んだはずの不安が、俺の中にまた現れていた。

 何も無ければ良いけど。

 俺一人程度の不安で授業がとまるはずも無く、滞りなく進んでいく。先生はこと細かく注意を白板に書き連ね、事務的に解説していく。

 その説明を聞き漏らさないように、必死に耳を傾けた。聞いていないと不安が的中しそうだったから。

 やる内容としては簡単なものだった。一年生初期にならった理論で、物体の造型変化行う。

 十人のクラスメイトが二人ずつのペアになって、実技を行う。

 何の因果か、俺のペアは綴木だった。クラスの奴ら……何かしただろ。

 全員が同時に魔術を行うと、先生が監督しきれないので、一組ずつ行う。俺と綴木は三番目だった。

 今日は二時間連続して、魔術の授業だ。残り時間から考えると、俺らは二時間目になるだろう。

 初めのペアが準備を始めるのと同時に、綴木が近くに寄ってきた。

 皆、緊張し始めている中、綴木はいつものように笑っている。

「うわー、桧野君、ガッチガチだねー」

 桧野君とは、今前に出て行き、一生懸命に魔術式を書いているクラスメイトだ。気弱だが、真面目な性格の桧野君は、手に汗を欠きながら、間違えないよう慎重に頑張っている。

 そんな桧野君とペアになっているのは七城。ろくに作業もせず、指示ばかり出している。

 教員から見れば評価が低そうだが、実際七城が桧野君に指示を出していないと、桧野君は上がってしまい、上手く魔術式を書くことが出来ないだろう。

「でき……ました」

「ふぅ……」

 十分ほど経って、魔術式は完成した。

 これから始まる魔術に、固唾を飲んで、これから先、起こることを見守るクラスメイト一同。

 教室に緊張の意図が張り詰めていく。

 与えられた課題は簡単なものだ。直方体に固められた粘土を、球体に変えるのみ。

 先生から直方体の粘土が二人に手渡され、二人はそれを魔術式の中心に置く。

 後は自動的だった。回路が重い音を上げながら稼動し、粘土が奇妙な動きを始める。

 ちゃんと魔術式は動いているようだ。最初の段階は成功らしかった。

「上手くいってるみたいだね」

「あ、あぁ」

 耳元で、綴木が囁く。

 驚いて声をあげそうになったが、何とか踏みとどまって、小さい声で返した。

 そんな俺の様子が面白かったのか、くすりと笑って、小さい頭を俺の肩に乗せてきた。

 クラスの皆は前に注目しているので、こちらを気にしている人はいない。でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 しかしながら、力ずくで払いのけるわけにもいかず、どうしようか困っている内に桧野君と七城の魔術が終了する。それと同時に、綴木は俺から離れた。綴木に遊ばれた、か。

 桧野君たちが作り上げたのは、歪にゆがんだ球体だった。

 理論としては単純なはずなのに、上手くいかない。これが魔術の難しさ。

 七城は溜息を一つついただけで無言のまま、席に戻る。

 それに続くようにして、桧野君はうつむいて、席についた。

 先生は一言も、彼らに声をかけることなく、魔術式が書き記された紙を片付けながら、次の組を呼んだ。

「うーし、やるかー!」

 えらく気合の入った声。日々屋だ。クラス一のお調子者。そして、自信家。付け加えて、自覚無しのうっかり者。

「くぅ――っ!」

 伸びをしながら、欠伸をかみ殺し、いかにもやる気なさげに出て来たのは枕崎。名は体をあらわすのを体現しているような奴だ。

 やる気最高値と、やる気最低値。この二人でやって、本当に大丈夫だろうか?何の事故も無く終れるか心配になってきた。

 そんな心配をよそに、作業を始める二人。

 二人とも真面目にやっている――ように見えて、二人ともかなり不真面目にやっている。

 枕崎は先生がいる手前、適当にやるわけにもいかず、かといって本気でやるのも面倒なので、結果、さも真面目にやっているかのような演技をしている。その縁起にもやる気が無いので、不真面目なのが丸分かりなのだけど。

 日々屋はといえば、自信があるだけに、本気でやら無くても大丈夫だと思っているらしく、鼻歌交じりに作業をしていた。

 二人が二人して、桧野君と七城の失敗を参考にするつもりは無いらしい。

 そして、案の定二人は失敗した。

「なぁーぜぇーだぁー!」

「はぁ……」

 失敗といえば、間違いなく失敗なのだが桧野君と七城の失敗よりも悪い、失敗だ。

 二人の作り上げた式(実質は日々屋一人で作った)は、稼動することさえなかった。重い音を一度長くうならせただけで、そのまま音を消し、直方体を変形させること無く停止、それからずっと消沈したままだ。

「なぁーぜぇーだぁー!」

 もう一度絶叫する日々屋。

 そんな日々屋を慰めるためか、枕崎は彼の肩をポンと叩いて、ユラリユラリと席に戻っていった。欠伸をしながらだったのは照れ隠しか、全く分からなかった。

 そんな枕崎の後を、日々屋は頭を抱えながらついて行く。

 案外、この二人いいコンビかもしれない。魔術こそ失敗したが。

 二人の失敗を引きずるのはよくないか。次は俺たちの番だ。気持ちを切り替えなければ。

 ちょうどそこで、チャイムが鳴った。張り詰めていたクラスメイトの精神が、間抜けなチャイムの音で、一気に解ける。

 先生が合図をした途端にやってくる喧騒。先ほどの緊張感が嘘のようだ。

「次は私達だね!もうドッキドキだよ」

 といいながらも、嬉しそうに笑っている綴木。緊張していない、というわけじゃないんだろうけど、それ以上に好奇心が勝っているようだ。

 こいつの為にも、成功しないと。そう心に言い聞かせて、不安を消そうとする。

「ねぇねぇ、もし上手くいったらさ、一緒に何処かでパーッと楽しもうようよ、今日の放課後」

 不安が顔に出ていたのか、綴木は努めて声を明るくして、俺に話し掛けてくる。

「いや、放課後は部活……いや、どっかいくのも良いかもな」

 ここで断ると、綴木の努力を無下にしてしまう。せっかく俺の事を気にして誘ってくれたのに、それは酷いか。

 一日部活を休むくらい、許してくれるだろう。

「ウソ!?マジ!?マジですかっ!?」

「そんなに驚かなくて良いだろ?何だよ、誘っといて」

「やーっ!今の無しっ!ナッシング!取り消すから、一緒に行こ!ね?ね!?ねーっ!?」

「分かった!分かったから、くっつくな!」

「やーん、抱き抱き!」

 早まった、かな……?想像以上のハイテンションだ。

「よーし、絶対成功させるよー!」

 綴木はニカッと明るく笑う。

 これはこれで、いいか。俺は素直にそう思った。

 そしてまた、間抜けなチャイムの音が響く。俺たちの番の始まりだ。

 綴木と並んで前に出る。周囲のニタニタ視線から察するに、やっぱり何か仕組まれていたらしい。

 そんな視線を浴びながらも(むしろ浴びているからこそ)、綴木は笑っていた。もしかしたら、仕組んだ張本人は綴木自身なのかもしれない。

 そんなことを今気にしたって、魔術式の邪魔になるだけだ。追及は後に回して、作業に集中しよう。

 真っ白い紙の上に、細かく分担した作業を綴木と行う。

 順調に魔術式は書きあがっていき、十分程度で完成した。

 ……不意に、不安がよみがえる。

「じゃ、いくよ?」

「ああ」

 そんな思考を押さえつけて、綴木に応答する。

 二人で確認しあって、粘土を魔術式の中心に置く。

 軽いノイズと共に、重い稼動音で動き出す魔術式。とりあえず、日々屋と枕崎のような失敗は無いようだ。

 このまま何事も無く終ってくれると良いんだけど……。

 そんな俺の、淡い期待は、天に届かなかった。

 最初の異変は音。ガッ、ガッ、と魔術式が不気味に音を上げ始めた。

 次は光。目の眩むような異常な光量が発生している。

 それに先生がまず気づき、的確に指示を飛ばす。言ったのは、たった一言。

「みんな!伏せて!」

 そんな声を聞いたとき、俺は既に動いた。

 その後のハッキリした記憶は無い。みんなが無事でいるかどうかも、何が起こったかも、俺はさっぱりだ。

 ただ一つ、憶えていたのは、綴木のこと。

 綴木の事を守ろうと思い、必死に動いた結果、俺は――。

 

 綴木を庇うように抱きしめて、

 爆風に押されて中を舞い、

 窓の外に投げ出されていた。

 

 俺はただ、それだけを憶えている。

 そこで、俺の意識は完全に黒くなった。

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