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201.side-S

 

 -イントロダクション-

 

 あなたはいまどこでなにをしていますか?

 

 -七月五日(201.side-S)-

 

 今は月曜日の昼休み。昨日以来、白音ちゃんの様子がおかしい。何処か上の空というか、思い悩んでいるというか、心此処に在らずというか。そのくせ、私が話しかけるとやけにどもる。普段どもることなんて滅多にない白音ちゃんが、だ。

 友達として何があったか知りたいし、悩んでいるようなら相談にのってあげたい。

「ねぇ、白音ちゃん」

 反応がまったくない。呆けたまま、廊下の方を焦点のあってない目で見ている。そして時折、思い出したように溜め息を吐く。相当深く考え込んでいるらしい。

「ねぇ、白音ちゃん」

「な、なんだ?飛鳥」

「お箸が止まってるから、どうしたのかなって?」

「いや……何でもない」

 白音ちゃんはばつが悪そうに目を伏せた。再度、箸を動かす気配はない。本当に大丈夫だろうか?何でもないと言われた以上、私が深く聞くことは躊躇われた。

 麟ちゃんもそんな白音ちゃんを怪訝そうに見ている。

「悪い、少し用事がある」

 短くそれだけ言うと、ほとんど手を付けていないお弁当箱を片付けて、鞄の中にしまうと、教室から出ていってしまった。

 体調が悪いと言う感じはなかったから大丈夫だと思うけど、悩んでいるならやっぱり相談にのってあげたい。友人として。

「麟ちゃん、白音ちゃん大丈夫かな?」

「大丈夫じゃね?別に職員室とかに呼び出された訳じゃないんだろ?」

「え、あ、うん。そだね」

 麟ちゃんは白音ちゃんのことなど微塵も気にせず、最初から少なかったお弁当の残りをかきこんだ。心配しているそぶりを見せないだけか、単に興味がないだけか分からなかったから、誤解を訂正することはなかった。

 やはり、白音ちゃんと直接話してみるしかないんだろうか?

 私はそう考えていたのだけれど、その日、白音ちゃんは昼休みが終わるギリギリまで、教室に帰って来ることはなかった。

 放課後もそれは同じで、短く言葉を交わすのみ。白音ちゃんは私たちを避けるように、そそくさと帰ってしまった。

 

 -七月六日(201.side-S)-

 

 翌日、白音ちゃんは目の下に大きく濃い隈を作って学校に現れた。それでも眠たい様子は見せずに、しっかりと寝ずに授業を受けている。

 ただ、白音ちゃんは授業中に集中力が散漫になりがちなようで、先生にしかられる場面が何度かあった。品行方正かつ真面目で通っている白音ちゃんには珍しいことだ。

 心配になって声をかけようとしても、休憩時間には逃げるように教室を出ていってしまうので、話のしようがなかった。

 これは、相当深く悩んでいるかもしれない。

 兄さんに相談して、何かアドバイスをもらってから話しかけてみようかな?

 そういえば、白音ちゃんの様子が変わったのは日曜日からだ。初めて白音ちゃんと麟ちゃんが家に来て、兄さんに会った。

 ……まさかね。白音ちゃん、そういうこと苦手というか、興味無さげだし。

 きっと白音ちゃんのことだ、哲学じみたすごいことを考えているに違いない。

 午前中の授業が一段落し、昼休憩。白音ちゃんは昨日のように教室から出ていってしまうかと思ったけれど、いつものように三人集まって食事をする事になった。

「昨日の用事ってやつだけどさー」

 ご飯を口に放り込みながら、麟ちゃんが白音ちゃんに軽い口調で言う。

「何さ?何なのさ?ん?んんー?言ってみ?ほれ、言ってみ?」

 訂正、興味津々、心底楽しそうな口調で言った。

「少し図書室に調べ物さ」

「異議ありっ!つーか、嘘だっ!」

 ビシッとどこぞの裁判のように言い、指の代わりに箸で白音ちゃんを指す。口元にお米がついていて、しまりがない辺り麟ちゃんらしい。

 一応、行儀が悪いと注意しようかと思ったけど、白音ちゃんが昨日何をしていたか、私も気になったので水を差すのはやめておいた。

「ほう……その根拠は何かな?」

 こういう駆け引きに慣れているのか、言い澱みなく白音ちゃんは麟ちゃんに応答した。

 絵にすると熱血新米刑事と巧妙狡猾な犯人。物語的には新米さんが勝つけれど、実際のところ、勝つのは犯人っぽい。

「ふふん、あたしの情報網をなめてもらっては困るよ、マイフレンド。君が屋上に上がっていき、一人で思い悩みながら溜め息を吐いている。その顔はまさに恋する乙女の表情だった――という証言が届いているんだ。あたしの目は誤魔化しきれなかったようだなっ!」

 下手に演技がかった大袈裟な動作で白音ちゃんを追い詰めていく。悲しいかな、白音ちゃんにはまったく追い詰められている気配がない。

「っていうか、あたしの目って言ってるけど、証言ってことは、麟ちゃん自身何も見てないんじゃ……?」

「細かいことは気にしなーいっ!」

 腕を繰んで目を光らせ、麟ちゃんが吠えた。

 熱くなっている麟ちゃんとは裏腹に、白音ちゃんは冷静に切り返す。

「Elementary,my dear RIN.その証言者とやらがちょっとした勘違いをしているだけだ。確かにいたし、図書室にいたという嘘を吐いたのは詫びよう。だが、その恋する乙女というやつは違うな。考えても見るんだ。そんな感覚的な表現、人によって大いに差が出るものだろう?」

「うぅ……屋上で勘違いされるようなことしたんだろ?あんなことや、こんなこと……うっは、そんなことまでっ!」

 若干暴走し気味な麟ちゃんを尻目に、あくまでペースを乱さない白音ちゃん。

「日本では基本的、疑わしきは罰せず、つまりこれ以上、説明は不要なんだが……麟の場合、疑う前に罰しそうだ。罰せられる前に説明しておこう」

 一息ついてから、白音ちゃんは顎に手を当てて腕をくみ、探偵っぽく話出す。

「きっとその証言者とやらの勘違いはこうだろうな。恋をすれば誰でも思い悩む。そんな固定概念じみたものが、逆転されてインプットされていたんだろう。思い悩んでいれば恋をしている、と言う具合にな。まったく迷惑な話だ。勝手すぎる。もしやその証言者とやらは私に気でもあるのかな?ふ、冗談さ。相手に気があったとしても、私にはないしな。この際だ、これ以上憶測が飛び交わないために、思い悩んでいた内容も一応言っておこうか。実は……ダイエットだ。恥ずかしながら最近、お腹周りが気になり始めてね、一念発起、始めたのさ。そのことを屋上で悩んでいる辺り、乙女といえば乙女だろうが」

 最後に一つ、含みのある笑顔をくれて、白音ちゃんは話を終えた。

 やはり白音ちゃんは白音ちゃん。色恋沙汰とは無縁らしかった。ダイエットが悩みの種だとは思わなかったけど。

 そういえば、私も最近お腹周りが……。

「ぐわぁー!なんか納得いかねー!」

 麟ちゃんが一人、不満を叫んでいた。

 

  *  *  *

 

 白音ちゃんの悩みが原因の集中力散漫になった行動は昼休憩までだったようで、今日は三人して寄り道。

 頃合いを見計らって、それぞれ家へ。今日はバスで帰ることにした。車内でうっかり寝そうになったが、なんとか無事、家に到着。

 私が家に帰ったときには、まだ兄さんは帰ってきていなかった。まだ部活をしているんだろう。いつものことだ。それまではちゃんと勉強していよう、一緒の学校に行くために。

 勉強を始めて間もなく、兄さんが帰ってきた。今日はいつもより早く終わったらしい。玄関まで迎えに行こうかと思ったけど、するまでもなく兄さんの方から部屋に顔を出してくれた。

「ただいま。勉強、分からないとこないか?」

「おかえり。今のところ大丈夫だよ」

「そっか。ご飯出来たら呼ぶから、それまで頑張れ」

「うん、ありがと、兄さん」

 会話はそれだけで終わり、兄さんは下に降りていった。本当はもう少し話をしていたかったけど、そういうわけにも行かなかったから、もう一度、勉強にとりかかる。

 それから5分ほど経って、不意に携帯電話が鳴りだした。メールだ。サブディスプレイを見てみると『白音ちゃん』の文字。

 白音ちゃんからメールをしてくるなんて珍しい。急ぎの用事だろうか?

 メールを開いてみると、短く内容が書いてあった。

『夜分に突然で悪い。原公園まで来てくれないか?』

 原公園というのは私の家の近くにある小さな公園。白音ちゃんが来てほしいと言うからには、重要な内容だろう。しかも、こんな時間なら尚更に。

 私はリビングまで行き、兄さんに外へ出ることを告げる。兄さんは最初、渋い顔をしたが、相手が白音ちゃんだと言うと快く許可を出してくれた。

 送ろうか、という兄さんの甘い申し出を、夕飯の準備を理由に断った。

 なるべく速く行って、早く帰ってこようと思い、ほんの少し歩を速める。

 2分とかからず、公園についた。

 白音ちゃんは公園の真ん中で、電灯の明かりに照らされながらたっていた。私が白音ちゃんを見つけたように、白音ちゃんもすぐ私を見つけたようだ。

「やぁ、飛鳥。悪いな、こんな時間に」

 片手をあげ、軽く挨拶をしてきた。白音ちゃんは制服のままだ。どうやらまだ、家に帰ってないらしい。

「いいよ、ウチのすぐ近くだし」

 白音ちゃんの誘いで二人してベンチに座る。僅かに時間をおいて時間を置いて、迷いなく話始めた。

「いきなりぶしつけな質問で悪いんだが……飛鳥は自分の兄が好きか?」

「うぇ!?あ、うん……好き、だけど……」

 突飛な質問に素頓狂な声をあげてしまった。

「はは、そんな驚くことではないだろう?普段の言動からみれば、飛鳥がブラコンなのは分かりやすすぎる。暮らすの人間で知らない人間がいないほどの周知の事実だ」

「そ、そんなに?」

 隠すつもりはなかったけど、そこまで知られていたとは思わなかった。

「飛鳥……その好きは妹が兄に対しての『好き』か?それとも、女が男に対しての『好き』か?」

「白音ちゃん、いきなり――」

「頼む、真面目に答えてくれ」

 白音ちゃんの顔はとても真剣だった。私に答え以外のことを喋らせないほどに。

「私は兄さんが……妹として、好き、だと思うけど……よく、わかんないかな……」

 真剣な白音ちゃんを前にして、私は嘘も建前もなく、本心でもないような、そんな答え方をした。白音ちゃんは一体、何を思って私にこんなことを聞くんだろう?

 白音ちゃんは急に張り詰めた空気をといて、息を吐いた。

「すまない。もう少しソフトに聞くつもりだったんだが」

「別にいいよ。気にしてない」

 いきなり夜に呼び出されて、こんなことを答えさせられたから、内心ドキドキだったけど。

「でも、どうしたの?白音ちゃんらしくないね」

「いや、実はな……」

 さっきまで引き締まっていた顔が、一瞬困惑に歪んで視線が外れた。でも、すぐに元に戻った。

「私は、その、初恋という奴をしてな」

「えぇっ!?っと、ごめん……」

「いや、その反応はもっともだ。私だからな。それで飛鳥に色々聞きたいと思って、思い立ったが吉日、連絡を入れたんだ」

 麟ちゃんの目は、実際のところとんでもなく鋭かったらしい。

「その……私でよかったら、何でも相談にのるよ」

「相談じゃない。悩んで成就するまでが一番楽しいと聞くし、そこは一人で思い悩むことにするよ。飛鳥に聞きたいことは一つだけだ」

「一つだけ?」

「あぁ、一つだけ、だ」

 白音ちゃんは確認するように、繰り返した。嫌な予感がした。

「飛鳥が本気で好きと言えば聞くつもりはなかったが」

 理由をつけて断れば良かった。

「幸紀さんに、恋人はいるのかな?」

 白音ちゃんのたった一つの質問に、私は答えられなかった。



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