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20x.side-O

 

 -20x.七月四日(side-O)-


 先日の尾行から三日目、七月最初の日曜日となった。前々からおぼろ気ながら模索していた計画――引っ張る必要もないので明かすが、飛鳥の兄君に接触を試みてみようというもの――を実行する日に今日と私こと、常陸 白音は決めていた。不本意ながら相方たる麟も合意の上だ。

 とにもかくにも、私は睦月邸付近の角に意味もなく隠れているわけなのだが……

「なぁなぁ」

「どうした、麟?」

「いつになったら入ってくんだ?」

「さぁな」

 どうしてか立ち往生していた。いや、理由ははっきりとしているのだから、どうしてかと理由に疑問を抱くのは正しくない。私達はアポイントメントも無しに、知り合い不在と知りながらその知り合いの家に突入しようとしているのだから、尻込みするのも当然といえよう。

 それは麟も同じようで、尻込みしていても早く行けなどと突っ込んではこなかった。私達と話しているいつもの調子で先行してくれればよいものを……。大事なところで人見知りな奴だ、まったく。

 突入を先伸ばしにするために、意識的か無意識的かは計り知れないが、麟が話しかけてきた。

「にしても、どんな奴なんだろな?飛鳥の兄貴って」

「あそこまで飛鳥が自慢しているんだ。少なくとも悪人ではないだろうし、勉強面もかなりのものだろう」

「もしかしたら勉強ができるだけの変人かもしれないぜぇ?」

「あぁ、人格面は飛鳥の見栄と言う可能性は捨てきれないな……」

 麟が軽く不敵に笑いを浮かべ、私は軽く考え込む。残念なことに私達二人は少子化社会の申し子、一人っ子なので兄弟姉妹間で普通、どのような関係が成立するかはよく分からなかった。仲がよければ自慢をしあい、仲が悪ければ貶しあうような単純でなものではないことぐらいはわかるが。

「いーや、きっとそうだね!絶対そうだね!毎日テレビの前でグヘグへ笑ってるに決まってるね!」

 決まっているらしかった。麟は見もせぬ飛鳥の兄君に恨みでもあるのだろうか?

「何か根拠でもあるのかな?」

 私が半ば呆れ気味に、片目をつむって横目で言うと、麟の口から本音が漏れた。

「勉強できる奴なんてみんな変人で敵だ、コンチクショー!」

「それは私は変人か、はたまた勉強が出来ないということか?」

 真人間で、人並み以上には勉強ができる自負があったので、攻撃に打って出てみた。

 すると、人間の意思とは弱いと思わせてくれる愉快な反応が返ってきた。

「ま、まぁ、冗談だ!」

 ふっ、他愛もない。

「よし、冗談でついたその勢いで睦月邸に突入してくるといい」

「よし、行くぞ!ついて来い!」

「一人で行くに決まっているだろう?」

「待てや、コラァ!」

 それからどちらが先に行くかという不毛かつ無意味な争いが十分ほど続いた。結局は二人とも家の中に入るのだから、当たり前と言えばまったくもってその通りなのだが。人間、保身がかかると単純な物事が分からなくなるものだと弁解させてもらうえると有りがたい。

 十分も経てばお互いそのことに気付き、当然の既決として二人で行くことになるのは、言うまでもない。


   ―●―


 震える指で睦月邸のチャイムをならす。私の予想に反して間の抜けたピンポンという音も、事務的なブーという音もせず、小さな鐘でも叩いたかのようなカランと優しい音がなった。続いて、タタタと軽く、小走りをする足音が近づいてきた。飛鳥の兄君と思って間違いないだろう。確か、兄妹二人暮らしという現状のはずだ。今は日曜日の午前中、来客は無いであろうし、そもそも客人に客人の対応はさせないだろう。

 カチャリと、蝶番が外れる音の後、ゆっくりと向こう側から開かれる。ゆっくりなのは私の体感であって、扉の向こう側の飛鳥の兄君がそんな焦らすような演出をするはずはない。

「どちらさまですか?」

 背の高い男性だった。中学生である私が言うのも何だが、若干幼さの残る顔つき。爽やかな雰囲気の好青年というのが私の第一印象であった。少なくとも、この人に対して悪いイメージを抱く人は人格がひねくれていない限り、誰も居はしないだろう。

 正直なところ、思っていた人物像よりは遥かに、一回りも二回りも良い人だ。外見だけの話ではあるが。あと声も、主観ではあるが中々に……。

 いつまでも外見ばかりを見てあるわけにはいかず、私は震える声で彼に対応した。

「あ、あの、私達は飛鳥さんの友達で、会いに来たんですけど……」

 らしくもなく緊張して尻搾まりな発言。高校生の男性と話しているのだから仕方ないであろうと理解してほしい。

 私のまごついた聞き取りづらい言葉から、彼は正確に聞き取り、丁寧に対応してくれた。

「せっかく来てもらったのに悪いんだけど、飛鳥は今外出してて……ごめんね」

「い、いえ……」

 知っていることを改めて言われたからといって顔には出さない。出す出さないと言う余裕そのものが無かったというのが悲しくはあるが。

「うーん、昼食はいるって言ってたから、午前中には帰ってくると思うんだけど……中に入って待ってる?」

「ご、ご迷惑でなければ……」

 兄君と会話する良い機会になると思ったので、言われるがままに家の中へ。こんなにも緊張している心境で会話が成立するかは疑問であったが。

 ちらりと横目で麟を見てみる。やはりと言うかなんと言うか、完全に硬直。以外に思うかもしれないが、麟という女の子は男性らしい格好良さを持ち合わせた人間にかなり弱い。彼みたいな人間はダイレクトに麟の弱点。右手右足が同時に動いているくらいだ、会話の参加は当てにならないだろう。さっきの兄君への貶し文句は何処へいったのやら。

 飛鳥の部屋ではなくリビングに通されて四人掛けのテーブルに麟とならんで座る。

 座ったのを確認してからか、飛鳥の兄君は私達に問いかけてきた。

「飲み物だけど紅茶でいいかな?」

 私は浅く一度うなずきながら、はい、と答え、麟はカクカクと早送りした張り子の虎のように、素早く五度頷いた。紅茶なんて一度もないくせに、断れなかったらしい。

 飛鳥の兄君はリビングから見える位置にあるキッチンに入ると、手元を見なくても分かるくらいに手早く、紅茶の準備をしていく。一目で普段からしており、慣れていることが分かった。

 ようやく落ち着いて飛鳥の兄君の観察を始めた頃、麟が興奮さめきらぬ様子で私に話しかけてきた。もちろんのこと、飛鳥の兄君へ聞こえぬように小声ではあったが。

「何か飛鳥の兄貴って、歯がキラーンって、髪がサラーって、ナァ!?ウッハ!」

「いいから落ち着け、馬鹿者」

「なっ……!」

 んだと、この!とでも続けたかったのかも知れなかったが、なんとも良いタイミングで、紅茶を淹れた装飾の細かい陶器のカップをのせた洒落たトレーを持って、私と麟の視界に入ってきた。

 硬直した麟には申し訳ないが、その姿を見て私は緊張が大分ほぐれた。

「会話の邪魔をしちゃったかな?」

 そう言って、高価そうな、いや、間違いなく高価なティーカップを私達の前に一つずつおく。二つだけカップをおいて、トレーを脇にかかえる。

 考えても見れば当然の事で、妹の友人と席を共にするような兄は少ないだろう。彼のような出来た兄であればなおのことだ。

 しかしながら、ここで兄君に部屋にでも下がられてしまえば、来た意味そのものがなくなってしまう。何か良い話題は……。

「あ、あの!」

 またもや意外、私より先に引き留めたのは麟だった。しかしそれは勢いだけの模様、すぐに失速した。

「えっと、その……」

 麟がアタフタと右へ左へ上へ下へと視線を彷徨わせて、赤くなっていく。せっかく麟が稼いでくれた時間だ。助け船も兼ねて、有効に使わせてもらうことにしよう。

「あの……飛鳥さんは家ではどんな感じなんですか?」

 取り敢えず、両者共通の知人である飛鳥のことを出してみる。引き留めて喋るようなことではないが、それくらいしか私には話題が思い付かなかった。

 兄君の方も飛鳥の話題なら喋ることが可能だし、必要十分な話題といえよう。

「家での飛鳥か……。うーん、一言で言えば甘えたがりだね。妹に甘えられるなら兄としてはいいことなんだと思うけど、そろそろ自立した方がいい年頃なんだけど」

 兄君はトレーを持ったまま振り替えって、苦笑と共にそう答えた。そんな何気ない仕草さえ、彼がすれば絵になる。

「逆に聞いてみたいんだけど……、学校で飛鳥はうまくやっているかな?」

「はい」

 私は迷いなく答えた。事実であったし、何より兄君の手前、些細な問題点を列挙するわけにもいかないので、必然とも言える回答だ。

 それを聞いて彼はゆっくりと自然な微笑みを作り、そっか、と年相応な軽さで反応する。そして付け加えるように、

「これからも飛鳥をよろしくね。変わりって言うのもなんだけど、もしも何かあったら相談くらいには乗るよ」

 と冗談めかして言った。

 何と言うか……本当にこの人は、自然体なのにいい人だ。言い方が悪いが、飛鳥には勿体無い程に。

 だから私はあくまで努力して自然体になるという矛盾した行動で、ありがとうございます、と小さく小さく言った。

 そんな反応を見ても、飛鳥の兄君は微笑んだまま、口から笑い声と共に言葉を放つ。

「そういえば、自己紹介もしてなかったね。知ってるかもしれないけど、飛鳥の兄の睦月 幸紀っていうんだ。よろしくね」

「私は常陸 白音、こちらに座っているのは青海 麟です。以後、よろしくおねがいします」

 私は深々と一礼し、麟もぎこちない動作でそれに習う。

 礼までしたのはやりすぎだろうか?私がそう思っていると、案の定、飛鳥の兄君――幸紀さんは慌てた様子で頭をあげてくださいとと言ってきた。妹との友達にそんなことをされれば当然なのかも知れないが。

 自己紹介もし終わり、それから三十分程度三人で有意義な雑談をした。有意義な雑談とは矛盾した言い回しな気もするが、一番良い言い方な気がする。

 飛鳥のことをはじめ、年齢、趣味、学校、出身中学、等々実に多岐に渡る話をした。

 そんな話せば話すほど、幸紀さんの正確の良さ、いや、私の好みとの適合度にはまっていく。溺れていく。

 とは言え、話題は有限、時間も有限。当然、飛鳥が帰ってくる。早かった、本当に時間が過ぎるのが早かった。今思えば、なぜ早く睦月邸に入らなかったのかばかりが、悔やまれる。

 まぁ、その悔やみを解消してくれるほどに、飛鳥の驚き様は滑稽だった。

「ただいまー……って、なんで二人がここに居るのよ!?」

 新人芸人顔負けの全身を使ったリアクションをしてくれた。

 飛鳥も帰ってきたのなら、流石にこの場にずっと引き留めておくわけにもいかず、幸紀さんは自室へと下がっていった。

 こういう場合、私達が飛鳥の部屋に行くのが普通だと思ったし、飛鳥もそうすると申し出たのだが、幸紀さんが飛鳥に近づいて二言三言囁くと、飛鳥は顔を真っ赤にしてうつ向き、兄君の指示に従った。

 幸紀さんがいなくなると、麟も調子を取り戻し、飛鳥もテーブルについて、話を始める。兄君の話題がある分、いつも以上に会話がはずむ。

 そんな中、私は――幸紀さんのことを一人、黙々と悶々と、考える。よもや、私がこのようなことで頭を悩ます日が来るとは思いもしなかった。

 打ち明けよう。

 認めよう。

 私、常陸 白音は友人の兄君である睦月 幸紀さんに――


   《初恋》


 ――をしました。


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