文歌の帰宅
水本宅
「いいか?絶対に喋るなよ?」
「わかってるって、言っただろうわしはジェントルメンだと」
どこまで紳士にいられることやら。俺はスーパーを出てからすぐにまた水本をおぶってやっと水本の家まで着いた。
水本の家は、一戸建てでドアの横にインターホンがある。
ピンポーン
「はいー?」
「蒔那学院の者です。水本文歌さんの帰宅に一緒について来きました」
「あ、はい、すいませんすぐ行きますのでお待ちください」
インターホンに出たのは母親だった。毎日、白帆先生はこんな感じに対応されているのだろうか。それともいつもと違う人でびっくりして丁寧になっているのか。
どちらにせよ、なんだか少しきょとんとした対応だったことは間違いないだろう。
ドタドタドタ
いかにも急いでいるのが足音が伝わってくる。
ガチャッ
「はっ!」
扉を開けてすぐにお母さんらしき人物が現れた。がこれといった対応がなくこちらもどうしようか迷いどころだ
「ただいま~、お母さん」
ドタドタドタ
水本のお母さんであったことは間違いない様だが、その人物は後ろの方にある階段の場所まで戻っていった。
「おとうさーん!大変よ!」
「どうした?」
階段の置くから水本の父親が現れた。頭をかいて、寝起き感をバッチリだして。
「ふみちゃんが、ボーイフレンドを連れてきたわよっ!」
「何!?」
「ほ、ほら!おんぶまでして!」
「ほ、本当だ!」
こそこそ話しているが、そこそこに聞こえてくる。
ドタドタドタ
今度は二人して慌しく奥の部屋へと入っていた。
「桜、つ、ついにお前の妹はボーイフレンドを連れてきたぞ。わ、わしは一体どうすればいいんだろうか」
「しっかりしなさい!仏壇に聞いてもしょうがないでしょう!」
「た、確かにそうだが・・・桜にいち早く報告したいじゃないか」
水本宅に着てからまったく対応されることはなく、しばし俺たちは玄関で立ち往生させられる羽目になった。
というか、話は全部ダダ漏れなんだが、素晴らしく誤解されているようだ。硝さんもいるというのにまた話が色々と面倒になりそうだ。
そんなことを考えてると二人は戻ってきた。
「い、いらっしゃい。えーっと・・・何君だったかな?」
水本の父親は、玄関のドアに肘をつけて、あるはずのない余裕を格好だけで振り絞っていた。
「平森・・・です。えっとなん」
「そうか、平森君か、とりあえず上がって行きたまえ」
水本の父親は俺に発言権を与えるスキは与えてくれないらしい。言われるがままに俺は家の中に入ることにした。
「あ、平森君。もう家の中は降ろしてもらって大丈夫ですよ」
「そうか。じゃぁ俺はこれで」
「今日はここに泊まっていくのか?」
帰ろうと挨拶でもしようとしたがやはり発言権はくれないらしい。しかも、すでにお泊り確定コースまで発展してやがる。
「いえ、学校から家まで送ってきただけですから、俺はこれで失礼させてもらます」
「あ、そうだ!平森君家でご飯食べていく?そんなカップラーメンなんて食べたら体に悪いよ?」
「何!?カップラーメンだと!?母さんこの小僧の飯の分も作ってやってくれ!」
すでに小僧呼ばわりだ。
「そうね、カップメンなんて食べるぐらいだったら家で食べていきなさい」
「あ、いえほんと大丈夫ですから」
「そんなものばっか食って、文歌に心配でもかけたらどうするんだ!」
すでに、心配はしてくれているようだが。だがどうしても、食わせていく気満々の三人を前に断ることも出来ず。
「じゃ、じゃぁ頂いてきます」
結局俺が折れることに。今日一日でどれだけの物事に折れてきただろう。
きっと厄日だな。
「にゃん」
ああ、お前いたんだよな。
「この、硝さんも一緒に上がって大丈夫ですか?」
硝さんを水本の母親に持ち上げて見せた。
「どうぞー」
「にゃーーん」
よかったな、硝さん。
今日の水本家の晩御飯はカレーライス。ジャ〇カレーの辛口でこれが結構辛かった。
「ふぅー、今日も母さんの料理はうまかったなぁ。」
「ほんと、飯なんておごってもらってすいません」
「気にすんな、娘が世話になってるんだ。これぐらい食ってったってバチはあたらないさ」
本当に水本家のカレーはおいしかった。だが、そのうまい飯を恨めしそうにしながらミルクと秋刀魚の蒲焼を食べてる奴を見るとかわいそうでかいわいそうで。
「くそう、わしもカレー食いたかった・・・」
誰にも聞こえないようなジェントルの欠片もない声で呟く硝さんがいた。
こんなに恨めしそうに蒲焼を食べる生物は初めてみた。帰ったらレトルトカレーぐらい食わせてやらないと、問題でも起こしそうだな。
「さ、食器洗っちゃいますね」
そういって、水本は一人で洗面台まで歩いていった。やはり住み慣れた家ではすんなりと動けるらしい。右手で壁を捉えて場所感覚を確認してるとはいえ、しっかりとした足取りで歩く水本を始めてみた気がする。
そして水本の母親は俺たちの食器を運んでいった。
「洗い物ぐらい俺がやりますよ」
「いいのよ、ふみちゃんがやってくれるって言ってるんだからお言葉に甘えておきなさい」
手伝おうとした俺を止めて、水本の母親は食器をもって洗面台に向かっていった。
リビングに残されたのは俺と水本の父親とふてくされた猫一匹。
話すこともなく俺は少し戸惑いながらそわそわしていた。
「坊主、文歌は帰りにスーパーに行こうって言い出さなかったか?」
さっきまで陽気な様子だった水本の父親が一転まじめな顔をして話をかけてくる。
「よく分かりましたね。水本がいもけんぴを」
「わしも水本だ」
なんだか面倒だな。
「ああ、じゃぁ文歌がいもけんぴを買いたいとかなんとかで」
「やっぱりか。あそこの仏壇が誰のための物か分かるか?」
指差された仏壇には文歌に似た人物の写真が置かれていた。さっき、言っていた文歌の姉の桜さんだっただろうか。
「えっと、文歌のお姉さんでしたっけ」
「そうだ。桜は蒔那学院の生徒だったんだ。一回も登校したことはなかったがな」
一回も登校したことないのに学生だった?理解ができず俺はただ話を聞いていた。
一年半前入学式
桜は文歌と双子だったが目も見えて文歌の面倒をよく見てくれた。入学式のその日は、早めに学校に来るように学校側から言われて生徒が登校しない時間に文歌は登校することになった。
それを、張り切って一人で送り届けて見せると言った桜は車椅子に文歌を乗せて登校していた。
「今日は入学式だねー。友達100人作るようにがんばるのよ!」
「もー、お姉ちゃんみたいに私は人懐っこくないからそんなに作れないよ」
「私がついてればふみちゃんもできるよ!だからがんばろうね」
まだ見ぬ学校の生活に胸を高鳴らせて二人は仲良く登校していた。
「お姉ちゃんは、ちゃんと勉強もしなきゃだめだよ。中学の頃みたいに体育だけしか通知表で5を取った事ないなんてだめだからね」
「ふみちゃんは厳しいなぁ。ちょっと勉強が苦手なだけだもん」
カンカンカンカン
踏み切りが閉じる音がした時はすでに二人はすでに踏み切りの中に入っていた。
「おっと、急がないと」
そして少し早足になる桜だったが、踏み切りの足場の悪さで車椅子を早く押すことができなかった。
が、その足場の悪さで車椅子が横転してしまう。。
「ああぁ、ど、どうしよう。ふみちゃんごめんね!大丈夫!?」
「私は大丈夫だよ。お姉ちゃんこそ転んでない?」
そこで女の人が助けに入って、桜の荷物を荷物入れに戻してくれた。
「大丈夫?」
「この車椅子、車輪が挟まっちゃって動かないの動かせるかしら?」
「んん!ぬん!動かないな」
動かせないと判断した桜は
「出来れば、ふみちゃんを安全な場所につれていってもらえますか?」
カンカンカンカン
車輪が外せなくて立ち往生している三人に容赦なく鳴り響き続ける踏み切りの音。
「わかった。歩けるか君?」
「はい」
助けに来た女性と文歌は安全な場所に行くことが出来た。
「んんっしょ!っとよっこいしょっと!動かない」
電車はもう目で見える場所に来ていた。
「君!早く戻ってくるんだ!」
「で、でもこの車輪にスカートが挟まって!」
「お姉ちゃん早く戻ってこないと危ないよ!」
「分かってるけど」
容赦なく近づく電車に誰も近づいて助けるような人はいなかった。電車も気づいて急ブレーキを踏み始める音がする。桜はどんなに電車が近づいても怖気づいたような表情はしなかったそうだ。
キイイィィィイキィィィィ!
「・・・ふみちゃん、学校がんばってね」
文歌に見えないのは分かっているが、桜は文歌に笑いかけて最後にそういった。
「お姉ちゃん!早く!」
ドシャ・・・・
「お姉ちゃん?お姉ちゃん!」
過ぎると事は一瞬のことだったそうだ。文歌を助けてくれた人が焦った様相で救急車の手配をしたが、桜は生きた形を成しておらずピクリとも動かない。
文歌を助けてくれた人は白帆先生だったそうだ。
「その話をなんで俺に?」
「それ以降、文歌は踏み切りの音を聞くとパニックになってしまうんだ。学校からここの家までに踏み切りが一つあってな、次うちに来る時はそこだけは通らないで欲しいんだ」
今日はワダチデパートに遠回りしたから踏み切りを一つも通らずに済んだ訳だ。つまり文歌は俺らに悟られないように踏み切りを避けて通ってたというわけだ。
「分かりました」
「カレーライス・・・」
後ろの猫はまだいじけているらしい。
数分後
食器を全て洗い終えた二人が戻ってきて、あの後話すこともなくだんまりしていたリビングに会話のスキが生まれる。
「じゃぁ、俺はこれくらいで帰らせてもらます」
そういって、荷物を持って帰り支度を始める。
「あれ?もう帰っちゃうんですか?」
「なんだ小僧、泊まってくんじゃねぇのか?」
文歌の父親はともかく、文歌は俺が自宅で家事全般をしないと思っているのだろうか。まだまだ、俺には洗濯物やら掃除やら残っていると言うのに。
「二人ともだめよ。平森君の親御さんに迷惑かけちゃうでしょ」
「いえ、一人暮らしなんでそこら辺は大丈夫ですが」
「なんだ、一人暮らしなのか。じゃぁ、家に泊まってけよ小僧」
「まだ、洗濯物も家に干しっぱなしですし、硝さんも家に帰りたがってるんで」
硝さんを抱きかかえて、念押しに帰ろうという意思を出してみる。
「わしは別に」
べしっ!
黙れ野良猫。邪魔をするんじゃない。
「う~ん、しょうがない。だったら、文歌、この小僧を家まで送ってってやれ」
「俺が送ってきた意味がねぇーじゃねーかよ!」
このおっさんは、俺が送ってきた労力を無駄にするつもりか。
「何!?うちの娘じゃ不満があるってのか小僧!」
「そうは言ってねぇだろうがおっさん!」
「おっさんじゃねぇ!わしには、三松という名がちゃんとあるんだ!」
このおっさんは、3時間ぐらい前の俺と同じことをいいだしおって。ってことはこのおっさんと俺は精神年齢おんなじくらい?年上であることはわかってるが、これと同じにされるのは何だか心外だな。
「じゃぁ、おっさんは今度からまっちゃんって呼んでやるよ!」
「やめろおおぉぉぉー!」
精神的ダメージによって、頭をぐしゃぐしゃとしもがくおっさん。
「だから俺のことは平森大路だから大ちゃんって呼んでくれてかまわないんだぜ」
「大ちゃんは家に泊まってけこのやろう!」
「だからそれは無理だって言ってんじゃねぇかまっちゃんよぉおぉおおお!」
そして、さっきとは逆の立場でまた同じようなやり取りが続いた。
「ふみちゃん、止めなくていいの?」
「男と男のやり取りだから、止めなくていいんだって」
言い合いが終わってから気づいたが、このやり取りは一日に二回もやるものではないなと気づいた。心のダメージが相当なものだ。
なんだかんだで、食事をしたり変なやり取りをしたりで水本宅に長居をしてしまって、すでに外は真っ暗だ。時計を見るとすでに8時を過ぎていた。
「今日はごちそうさまでした」
「いいのよ、また気が向いたらご飯でも食べにきていいんですよ」
「そうだぞ、小僧。次来た時はわしのチョークスリーパーで一発で決めてやるから覚悟して来いよ」
言いつつチョークスリーパーの練習らしきものを始めるおっさん。ふんっふんっと息を荒くして何度もシュミレーションしている。
「暴力反対だよ、お父さん」
「・・・そうだ!暴力反対だぞ!」
どの口から漏れるかその言葉が。
「明日も文歌は一人で登校するのか?」
「なんだ小僧?文歌が気になってしょうがないか?」
「まぁ、一人で登校するんのは危険だしよ。朝迎えに来るぐらいなら俺もできるし」
正直、挨拶当番の時にたまに一人で見かけていたのは見ていたが、ただ見てみぬ振りをしていた自分に嫌気がさしている。だがこうして、今更だが手を差し伸べてみるが、そんなみっともない自分にも嫌気がさす。
「あらいい提案じゃない。ふみちゃんもそっちのほうがいいわよね」
「私は嬉しいけど、だって平森君の家って学校の目の前なんですよね?」
「小僧のくせしていいところに住んでるじゃねぇか、そっからここまで迎えに来てくれるたぁ中々根性あるじゃねぇか」
「そりゃ、今日いろいろ面倒見てて明日から一人にするなんて考えたら誰だって不安にでもなるさ」
「じゃぁ、お願いしちゃって大丈夫かしら?」
「はい」
こうして俺の登校ルートは明日から数十倍に増えることになった。なんだか今まで見てみぬ振りをしていた重みが少し軽くなった気もする。
「んじゃ、俺はこれで失礼します」
「じゃぁね~平森君」
にっこり笑って手を振る文歌。
「おう!夜道は背中に気をつけろよ!」
「変なフラグ立てんじゃねぇ!」