帰宅途中にて
ワダチデパート
帰宅しようとしていた俺らは途中で水本がワダチデパートに寄りたいとのことで今俺たちはワダチデパートにやってきた。
さすがにデパート内では俺は籠も持つことになったので水本とは手をつないで回ることになった。硝さんは、器用に俺の肩に乗っかっている。
「なぁ水本」
「なんですか?」
「こう、手をつないで歩いてると周りの視線が痛んだが」
「私は全然きにならないですよ?」
そりゃ、あんた視線もなにも見えないでしょうけど。それでも感じるものがあるでしょうが。それとも、それも気にならないほど天然なんだろうか。
「そ、そうか。けど、水本と一日一緒にいて思ったんだけどさ。水本って一年の頃と全然かわったよな」
「そうかな?・・・私が変わったんじゃなくて、白帆先生が変わったからじゃないかな?」
「先生が?」
「だって、先生一年の時はすっごく暗いイメージだったじゃない?」
確かに、一年前の白帆先生は今とは似てもにつかぬ様なイメージだった。緊張してたとかそんな雰囲気じゃなくて、中身が抜けてしまったような感じ。今とはテンションの乗り方がまったくの真逆な感じだった。
「そういえば、先生もだいぶ変わったよな。お、あったあった」
そういいつつも、足を進めていた俺たちはお菓子コーナーにたどり着いた。水本のお求めの品がここにあるらしい。というか、もう何が買いたいのかは分かる気もするが。
「たしか、ここの右奥の方にいもけんぴがあると思うんですよ」
さすが、いもけんぴマニア。目は見えなくとも場所はすでに暗記済み。
その場所を探してみると見事いもけんぴはあった。とりあえず、一袋とって籠にいれる。
「あ、4つお願いします」
「お嬢ちゃん、そりゃいくらなんでも太るぜ」
「こら、野良猫しゃべるな。一般の猫は喋らないんだよ」
「ふぅ」
いかにも機嫌が悪そうに、俺の肩に顔を乗せて力の抜けた格好で俺によりかかった。というか、もう洗濯物みたいな感じになってる。案外こうしていると硝さんもかわいく見える。
「まぁ、人が少ないところだったら喋っても大丈夫だろうけどな」
「そういえば、硝さんは晩御飯何を食べるんですか?」
「わしか?そうだな、カレーが食いたい!」
「お前な、普通の猫にカレーなんて食べさせたら体に悪いだろ!」
「ああ、心配するな。この体の分の養分は俺と別にまた与えてやらなきゃなんねぇんだよ」
「余計出費が重なるじゃねぇかよそれ」
つまりは、硝さんの分の飯と野良猫の分の腹は分けられているということだろうか。一体どういった仕組みになってることやら。
そんなことを考えつつも、すでに籠には4つのいもけんぴが入れられて自分の晩御飯を探しに行こうとしていた。
「おにいさん、腹話術できるのー?」
腹話術?
「んぁ?俺か?」
「うん」
そこには、小学生ぐらいの女の子が目を輝かせて俺と硝さんを見ていた。
「ああ、そうだわしは腹話術ができるんだ。お嬢ちゃんは迷子かい?」
俺の意思とは別にすでに腹話術を前提に硝さんは女の子と話を始めていた。もともと渋い声にダンディズムを聞かせたような声で硝さんは女の子と話していた。
「その猫のぬいぐるみかわいいなぁ~、私にも触らせてー」
「わしは」
「いや」
!?
これは・・・
「このぬいぐるみには硝さんって名前がついてるんだ嬢ちゃん」
腹話術という前提で話しているが、実際は二人。同時に声が出たらボロが出てしまう。ここは慎重にいかなければ。
「平森君少しぐらい硝さんを貸してあげてもいいんじゃない?」
女の子へのやさしさが伝わってくるのはわかるが、それはたぶん硝さんにとって死亡フラグみたいなものなんじゃないだろうか。
「あ、ああ、そうだね。少しぐらいはね」
ビクンッ!
硝さんから恐怖の衝動が伝わってくる。猫とはいえやはり生物、心臓の音がバクバク伝わってきて、なんだかかわいそうな気分にもなってくる。
だが無情にも俺の手は硝さんを掴んで、ぬいぐるみを演じるただの野良猫は女の子の腕へと送られる。
「わー、ふさふさ~、肉球ぷにぷに~、しっぽけばけば~」
けばけば!?そんなことを言いながら女の子は硝さんをぬいぐるみのように弄び満足した頃には、すでに疲れきった目をした硝さんが女の子の夢を守ってやったぜといわんばかりの目でアイコンタクトがきた。
「き、君?も、もうそうろそろいいんじゃないかな?」
「もうちょっとだけ、ふさふさー」
女の子はすでにトランス状態に入っていた。猫のぬぐるみでここまでトランスできる子もなかなかの希少種だろう。
だが、すでに硝さんの体力が限界に近づいている。
ところどころ、「ぐぬぬっ!」と声が漏れるときも。
「そろそろ、お母さんも心配するだろうし、猫さんはそろそろ返して帰ろうな」
「はーい、二人ともお幸せにねー」
女の子から手渡された猫からはすでに生気が抜けた猫と化していた。
女の子が背を向けてお母さんを探しに入っていったと同時に硝さんは俺の腕を伝って即座に肩に戻ってきた。
「・・・災難だったな」
「ああ、秋刀魚の蒲焼一匹分の働きはしたぜ」
「分かった。買っておこう。ってか、あの子最後にものすごいこと言っていかなかったか?」
「気のせいですよ」
女の子に幸せを与えたことに満足感を得ている水本には何も聞こえなかったのか、上機嫌に否定された。
結局今日購入したものはいもけんぴ4袋に秋刀魚の蒲焼一缶とカップめん一つだ。