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戦力外通告された俺の、選手寮生活最後の長閑な日

作者: ハムえっぐ
掲載日:2026/10/04

『広川の打った打球はレフトへ! 下神掴んで試合終了! 大阪ジャガース、2年連続のセリーグ優勝を決めました!』


 画面で見る、チームメイトの喜びを爆発させた歓喜の仕草、宙を舞う監督の破顔。

 解説の世良さんと実況の熱を帯びた声。

 それを俺は、豹風荘の自室のベッドで寝転びながらスマホで見ていた。


「お~い、藤村。リビングに降りてこいよ。祝勝会すっぞ」


 ドアが開いて多崎が親指を後ろに指して、部屋から出ていくことを促してくる。

 

「来年は3連覇の面子にいるぞ。気合だ気合! 俺らもビールかけしようぜ。金ねえから水道水だけどよ」


 同期でキャッチャーの多崎とは、入団以来よく一緒にいたな。

 口調は雑だが細かい配球要求してくる奴だ。ひょっとしたら来年、本当に1軍に上がれるかもな。


「しっかし、今年1軍で20試合投げたお前、今日は1軍に合流するかと思ってたのにな」


 優勝後のビールかけは、その時にいる1軍登録メンバー以外にもシーズン中、1軍で活躍した選手が呼ばれる。

 普段2軍に常駐している何人かが、早朝出て行ったしな。


「ほら、いつまで寝そべってるんだよ。行くぞ藤村。お前はCSや日シリで呼ばれる可能性あるだろ? その時に備えて配球技術も解説してやるぞ」


 こいつはいい奴だ。70人の支配下登録枠、10人以上いる育成契約選手、全員本気で仲間だと思ってやがる。


「藤村?」


 さすがにこれ以上は不自然か。まあ、いっか。最初に言うのがこいつでよ。


「わりいな多崎、俺、クビなんだわ」


 聞いた多崎の顔が、見る見る強張っていく。


「冗談よせよ、藤村」


「冗談じゃねえよ。明日、ここも引き払う。フロントの栗田さんからアパート紹介してもらったわ」


「……怪我してたのか? そういや、ずっと投げないで走り込みだけしていたな。でもいきなりクビはないだろ! 育成落ちが普通じゃねえのか? まだ23歳じゃねえか!」


 同年齢でプロ5年目、1軍で計34試合投げたドラフト5位の俺の戦力外に、ドラフト6位で1軍経験なしの多崎は明らかに動揺したようだ。


「どこも怪我なんかしてねえよ」


「じゃあなんで? 素行か? お前監督殴ったり、コーチ蹴ったり、客をお持ち帰りしたりしたんじゃないだろうな?」


「してねえよ! びっくりするほど女性ファンいねえし俺! ……驚きだよ、オールスター投票でも5票しか入ってなかったの。その時防御率0.00だったのよ俺。プロ野球選手ってモテるんじゃなかったのかよ」


 そういや学生時代、マネージャーも女子のなり手がいなかったっけ。

 俺が退部届出した直後に殺到したのは、どういう意味なんだろうなあ?

 直後の秋季大会で初戦敗退してて、ガッツポーズしたもんだわ。


「まあ、起用は左のワンポイントで、残ってたランナーよく一掃させてたからな」


「おまけにラスト登板で代えてもらえず、10失点の大炎上ときたもんよ。ハハハ、防御率一気に爆昇ってな。今朝、野崎さんに言われたよ。『君、いいもの持ってるんだけど使い道ないね。……ファンもいないし』最後のひと言、絶対要らんだろ!」


 おまけで、なんで1年目から球速伸びないで変化球もショボいままなの? 君のポテンシャル、どこだったの? まーたファンから育成失敗って叩かれる! ってオーナーに泣かれたのは言わないでおくか。


「露骨な捨て試合にされてたもんな、あの試合。……オーナーも露骨だな。グッズも売れないから要らんってことか。今年も育成から2人、支配下登録したし、球団は枠の確保もしたかったわけか」


 おいおい多崎君? 勝手に予想を妄想しないでくれたまえ。グッズインセンティブ契約、たしかに0円だけどよ。


「そういや多崎、インセンティブ、どんくらい貰ってるよ?」


 ふと俺が発した疑問に、多崎は周りをキョロキョロして、ボソッと俺に耳打ちした。


「……マジで? 盛ってね?」


「いや、1軍の選手の100分の1って聞いたことあるぞ。お前だってそのくらい貰ってるだろ?」


 俺のことは放っておいてくれ。投げる時に絶対顔が映るピッチャーの俺と、守備時はマスクつけてるキャッチャーのこいつで、しかも2軍選手なのに、どうしてこうも人気に差が出るんだよ。


「2軍で3割打ってて、阻止率もいいもんな、お前。そりゃ将来性あるし、彼女もいるってもんよ」


「彼女は関係ないぞ。俺は中学から美咲一筋だし」


「って! お前がそういう奴だから、合コンセッティングに苦労したんだぞ! 『えー? 多崎さん来ないのー? じゃあ帰るー』『よくも騙したなあ! 名前も知らん人!』なんて罵声、マウンドでノックアウトされるより堪えたよ」


「俺のせいじゃねえし」


 付けっぱなしだったスマホでは、選手たちがグラウンドを歩いて観客たちに手を振っている様子と、それを実況解説する声が聞こえてくる。


『そういえば、藤村いないんですね』

『藤村ですか……そうですね。9月に大炎上してから2軍調整中ですね』

『ぼくは彼に期待してるんですよ! ぼくが引退する年に入ってきた選手でして、よく彼に食事を奢りました。今年もワンポイントが多かったですが、投げっぷりがいいんで、来年期待してますよ!』


 世良さん……1軍での引退試合、俺も呼んでくれた大先輩。解説上手くなったなあ。最初はしどろもどろで、何言ってるのか全くわかんなかったのに。


『まだ23歳、クライマックスシリーズで出番あるかもしれませんね。それではもう一度、ハイライトをご覧ください』


 おい、クソ実況。俺のことを世良さんがせっかく話題にしてくれたのに、あっさり流すなよ。


「世良さんにも、まだ伝えてなかったんだな」


「言えるかよ。大炎上して2軍降格した時も飯に誘ってくれたんだぜ? こんな優勝決定時の解説やる日に言えるかよ」


「ん? ペケックスでお前の名前急上昇してるぞ? 世良さん発言効果だな」


 多崎に言われ、俺も気になって検索をかけた。


『余計なこと言うな、世良。藤村なんざ顔も見たくないわ』

『ジャガースよりワイルドキャッツ在籍長いのに、OB面すんな世良。藤村と一緒に消えろ』

『投げっぷりじゃなくって打たれっぷりな、藤村は』

『藤村の、5点差で登板して15点差にしたの、一生忘れない』

『藤村は高校から全然成長してねえよ。球団の育成失敗案件ですわ』


 こいつら~、言いたい放題書きやがって。

 優勝チームの選手だったんだぞ、俺も!


「……これからどうすんだ? トライアウト、受けるのか?」


「ああ、そのつもりだ。つっても、あれ出来レースで、契約できる奴は端から決まってるっつーしな」


「……まだ戦力外発表あるだろうし、俺も受けるかもな。荷物、まとめておくか」


「バーカ。豹風荘は元々5年目までだよ。とっとと彼女と住むマンションでも買っとけ」


「マンションなんか買えるかよ! 1軍レギュラーになるまでは賃貸だ、賃貸!」


 いや、インセンティブの金で買えるだろ。とも思ったが、それは言わんでおいてやるか。

 将来設計、しっかり立ててそうだもんな。この金は子供の学費だ、とか皮算用してさ。


「じゃあな、多崎。もう行くわ」


「は? 今から出発する気だったのかよ。ちゅうか他の連中に挨拶してねえだろ」


「トレードや現ドラならともかく、戦力外だからな。菓子折り渡しても、みんな縁起悪いって食わんだろ。去年クビになったあの人の時もさあ。……それに」


「それに?」


 俺は大きく空気を吸い込んでから、宣言するように叫ぶ。


「全員、敵になるんだ。挨拶するなら1軍のマウンドで、ってな」


 決まったぜ。こいつは来年、俺と多崎が1軍で対決するフラグにもなっただろ。


「……藤村」


 ほーれ見ろ。多崎の奴、涙ぐんでやがる。


「俺、お前に出会えてよかったよ。2軍グラウンドで客に罵声浴びせられて、罵声返すどころかバット持って走り出すバカ、初めて見たし、対処法学ぶことができたよ」


 思い出すとこ、そこ? 一緒にフレッシュオールスター出て、三者三振に斬って取ったじゃない。それ思い出そうよ。


「就職決まったら連絡くれよな。あと、俺と美咲の結婚式、お前の都合に合わせるから」


「就職じゃなくって、契約な! あと結婚式には出ねえよ! 美咲ちゃん、俺を見ると露骨に不機嫌になるんだもん!」


「美咲は俺とお前の仲に、妬いてるだけだよ」


「そこもどうでもいい! いいか! お前は来年、ジャガースの正捕手になれよ。俺は必ず9番キャッチャーのお前から三振を奪う! 必ずだ!」


「9番つける意味あるのか? ま、楽しみにしてる。プロ野球のお約束、お前なら覆せるさ」


 俺と多崎は右腕をクロスさせ、そのまま別れた。


「さあて、これから自炊もせんといかねえのか。これが地味にキツいかもな」


 ***


『大阪ジャガース、3連覇に向けてしっかりと勝ち星を重ねている交流戦。7回の裏、3点ビハインドされてる状況で埼玉ワイルドキャッツの投手、どうやら交代のようです』


『ピッチャー、三枝に代わりまして、藤村。ピッチャーは藤村。背番号99』


『ここで世良監督、2月のキャンプ中に育成で獲得した藤村を出してきました。間宮さん、縁故採用と揶揄された世良監督と藤村の関係ですが、2軍ではここまで12試合、45イニング投げて失点はわずかに4。防御率0.80。この交流戦のタイミングでついに支配下登録、移籍後初登板です』


『両方とも古巣ですね。世良監督、嬉しいんじゃないんですか? 古巣にほれ見たことかって顔してますよ』


『ですがワイルドキャッツ新監督の世良監督、ここまでは最下位爆進中で苦しい戦いが続いています。藤村が起爆剤となるか、期待しましょう』


『最初が7番キャッチャーの多崎というのも面白いですね。これ、絶対狙ってましたよ、世良監督』


『ドラフト同期入団ですね。さて、投球練習終わりました。今季大ブレイクでジャガースの支柱となった多崎と、新天地で新たな一歩を踏み出した藤村。右の多崎から始まるこの回のジャガース打線に、左の藤村がどこまで通用するか。ここは注目しましょう』


 マウンドの土を踏む感覚、懐かしいぜ。多崎よ、ジャガース一のホームラン打ってるってどういうことだよ? 打率も3割。立派になるっつっても俺より先に超一流になるんじゃねえよ。


 オーケー。最初はストレートだ。度肝抜けよ、多崎。

 俺はキャッチャーの土井さんのサインに頷き、ワインドアップから魂を込めて、この一球で選手生命が終わってもいい覚悟で腕を思いっきり振っていく。


 ——小さくまとまるな! てめえの武器は反骨心だ! 投げるたびに叫びやがれ! てめえをスターだと思うな! 主役をぶっ潰す悪役になれ! 真上の段階でボール離すな! キャッチャーミットに直接手渡す気持ちでボールを放りやがれ!


 トライアウトでどこも獲得に現れず、独立リーグで汗を流していた俺を、ふざけた口説き文句で拾ってくれた世良さんのためにもな!


「結婚、おめでとう! 幸せな奴は全員ぶっ潰す!」


 土井さんのミットがズバンと鳴った。

 

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