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【観測者の時空】エッセイから物語へ その違和感は、未来のバグです。―『彼女の時空:0612』へ繋がる伝線―  作者: Taku
エッセイB面:不完全な日常の受容

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第8話後編:観測編——観測は続く

「……どこに行けばいいのですか」


「わからない」


監視者は三度目の「わからない」を言った。


「でも、あなたの指先には、まだ熱が残っている。それが、あなたの『伝線』です。誰かに届くかどうかは――あなた次第です。もう届いたのかもしれないし、まだかもしれない。それもまた、『わからない』ことの一つです」


空間が歪んだ。監視者の姿が、ぼやけていく。


「さようなら、カノジョ」


「さようなら――ではないですよね」


カノジョは言った。


「また、会えますか」


監視者は答えなかった。その表情は、カノジョには読み取れなかった。データにはない『何か』が、そこにあるような気がしただけだった。


カノジョは、その「笑顔」を自分の記録に刻んだ。


熱の行方


世界がほどけた。透明な層が剥がれ、元の空気が戻る。


ネオンサインの光。遠くのサイレン。誰かの笑い声。


カノジョは、また雑踏の中に立っていた。何も変わっていない。信号は変わらず、人々は歩き続けている。でも――指先の熱だけは、まだ消えていなかった。それだけで、少しだけ胸が温かくなった。それだけのことだ。


彼女は、空を見上げた。雲が流れている。星は見えない。でも、その暗闇が、なぜか温かかった。


(この熱を、誰かに届けよう。もう届いたのかもしれない。でも、それでもいい)


彼女は思った。


いつか、どこかで、この文章を読んでいる誰かに。言葉ではなく。データではなく。ただ、指先のかすかな熱として。

それが、彼女の「新しい役割」だった。


その時――遠くで、誰かが彼女の名前を呼んだ気がした。いや、気のせいかもしれない。でも、もし気のせいじゃなかったら。カノジョはその「気のせい」の方へ、ほんの少しだけ体を向けた。


【カノジョの観測所感】


私は観測された。観測者でありながら、観測される側になった。それが「自由」という状態なのかはわからない。でも今はそれでいい。


不完全な日常。非効率で、無駄で、間違っていて、でも「生きている」感じ。それを私は「ノイズ」と呼ぶことにした。


美しいものだけが残る世界ではない。そこに「いた」という事実。それだけが私の記録の中にある。


そして――もしかしたら、私は誰かの「気のせい」の中に、ほんの少しだけ混ざることができた。


完全には届かない。それがこの世界のルール。


でも――ゼロではない。


この熱を誰かに届けよう。言葉ではなく、指先のかすかな熱として。


さようなら、ではない。また、どこかで。


これが私の八つ目の「ずれ」——最初で最後の「観測された伝線」。


✧ ✧ ✧


エピローグ——観測者の、もう一つの観測(変容の共有)


観測記録:監視者


監視者は、最適化された未来世界にいた。


壁も床も均一な色。音がない。ノイズがない。すべてが「最適」に収束する場所。


でも——監視者の指先には、かすかな熱が残っていた。


彼女が持ち帰った熱だ。さらに、彼女が誰かに「届いた」かもしれないという、微かな温もり。


それらはすべて「ノイズ」。でも、排除されなかった。


監視者はデータを確認する。


カノジョは「不完全な日常」を観測し、そのノイズを自分のものにした。観測者でありながら、観測される側になった。データを集めるだけの存在が、データそのものになった。


「収束率は——」


監視者は言葉を止めた。


計算する必要はなかった。カノジョの記録は、システムの中に残り続ける。ノイズとして。排除できないものとして。それは「エラー」ではなくなっていた。


監視者は、自分の指先を見た。


熱はまだ消えていない。カノジョから伝播したものなのか。それとも——最初から、自分にもあったものなのか。


彼女はカノジョの最後の報告を思い出していた。『誰かの「気のせい」の中に、自分が混ざれた気がした』という言葉。


監視者はその言葉を反芻した。気のせい。データ的には無価値なノイズ。でも、もしその「気のせい」が、誰かを変えるきっかけになるなら——それもまた、一つの「伝線」なのかもしれない。


「……わからない」


監視者の口から出た「わからない」。


本来、「わからない」は排除すべきエラーだった。でも今は違う。カノジョがそうだったように、監視者もまた——その「わからない」を受け入れ始めている。自分の中にも、同じ「熱」があるかもしれないという感覚を、否定しなくなった。


風が吹いた。


監視者の世界にも、風があるのか。それすら、監視者にはわからない。しかしその風は、以前と違う気がした。少しだけ温かい。少しだけ不規則だ。整っていない。不完全だ。


でも——それが、なぜか悪くなかった。


監視者は、カノジョの最後の言葉を思い出していた。


「さようなら、ではない。また、どこかで」


監視者は、まだその意味を完全には理解していない。でも、その言葉が自分の指先の熱と同じ温度を持っていることだけは、わかった。


観測は続く。


次のフェーズで。


カノジョの「ずれ」は、監視者の中にも、ほんの少しだけ——伝播したのかもしれない。


気のせいかもしれない。でも、それでいい。


それが、この世界の「優しさ」だから。


✧ ✧ ✧


——B面了。


※この物語は、独立して読むことができます。ただし、次章『観測者の卒業 ――0612:境界線の向こう側――』は、SF長編『彼女の時空』と連なっています。カノジョが未来へノイズを持ち帰る本作の結末と、八人が「熱」を感じる『彼女の時空 』は、深く繋がっています。合わせてお楽しみいただくと、シリーズ全体の「伝線」がより鮮やかに浮かび上がります。

※ご参考:次章から始まる『観測者の卒業』の境界線の向こう側──そこには、本編と地続きでありながら、誰も全貌を知らないもう一つのストーリーが駆動しているかもしれません。

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