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時間稼ぎをされている――ということに気が付いた理由は、ただなんとなくだった。
要するに萌々くんは、私が情報収集のために、昔小晴が通っていた塾へ行くことを阻止したいらしかった。いったいどうしてか、そんなのは決まりきっている。萌々くんは、私に真相を知られたくない――すなわち、塾に行けば真相に近付けるということ。
実際にそうなのかは彼の口から聞かなければ分からないが、訊くつもりは一切ない。
というわけで、今回のミッション。
「あのさ、柊桜さん」
「ん?」
「えーと……、どこか、休憩できる場所に行かない?」
どうにかして萌々くんを撒いて、無事に塾帰りの生徒から話を聞き出すことだ。
そのためにも、まるでヤリ目のチャラい男みたいな彼の提案は断っておく。
「なんかいかがわしいから嫌だ」
「そっか…………」
休憩できる場所ってなんだよ。まだ午後四時だぞ。一瞬、漫画喫茶か猫カフェかで迷ってしまいそうだ。もちろん行かないし、でも萌々くんを撒くならどこか広い場所に寄り道をするという選択肢もアリな気がしてきたので、私も一個提案をしてみる。
「でも、どこか寄り道するのはアリかも」
「!」
怪しい微笑みがほんの少し崩れて、素の部分が見え隠れしている。少し上手くいっただけで気が緩んでしまっているのだろうか。思ったよりもチョロそうな相手で安心した。
だけど、油断は絶対に禁物だ。生半可な気持ちで逃避生活を続けるわけにはいかない、ってなんの話だっけ。
「ここから近いのだと……、イオンとかどう? 久々にゲーセン行きたい気分」
「なら、そこのゲーセンに行こうか。ぼくは毎日のように通ってるよ」
「なにしてるの?」
「太鼓の達人」
音ゲーをガチってる人か。なんだか、見た目どおりって感じするけど。
「私も久しぶりにやろーっと」
「どうせなら勝負する?」
大人気ねぇよ。毎日そのゲームしてる人が初心者に挑むな。小学校の中休みのサッカー対決に大人のプロ選手が紛れ込んでいるみたいなもんだろ、それ。もしくはクラスの合唱コンにオーケストラメンバーか。
どうでもいい。
目的地が決まり、私たちの向く足も定まった。イオンに向けて、足を動かし続ける。イオンは、ここから徒歩で十五分もかからないくらいの距離にあるので、小晴と遊ぶ際もよく来ていた場所だ。家からは三十分くらいかな。
死ぬほど歩き続け(嘘だけど、を使いたい)、私たちはイオンに到着した。さっそく店内に入ると、そのままゲーセンへと向かう。
移動中、会話は弾んでいた。どうやら見た目以上にコミュニケーションのできる男であることが発覚した萌々くんだが、やはり見た目が見た目なのでどうやっても陰キャという印象が拭えない。ミステリアスな雰囲気もあったりはするけど、あったところでそれはミステリアスな雰囲気の陰キャってだけだ。あとオタクくん。
「お、ちょうど人がいないね」
「よかった。じゃあ、さっそく始めよっか?」
「そうしよう」
「ふたりプレイは、二百円か…………」
お金がなくなっていく。なんて、二百円でそんなことを言っていたら、流石にケチすぎるかもしれない。まあ、バイトをしていない私に収入はないので、ケチに越したことはないのだけど。バイトをしていたころに貯めた貯金を切り崩してなんとか昨日今日明日明後日を過ごしていくのが私のライフスタイル。みんなで集まっても私は最低限しかお金を出さないぞ。
ゲーム機(筐体)の前に立つと、投入口に小銭を二枚捨てて(一枚は事前に萌々くんから受け取りましたよ)、付属しているバチを構える。バチで太鼓の面を叩くと、ゲームが始まった。
衣装選択画面から、モード選択画面に移動。AIバトルなんてものもあるのかーと感心しながら、通常の演奏ゲームを選択してゲームをスタートさせた。
そういえば、萌々くんは筐体付属のバチで大丈夫なのか? 自分で持参するバチがあるというのは知っているので、彼も普段はそれを使ってプレイするんだと思っていたのだけど。そういえば、アカウントみたいなのもあるんじゃないの?
「確認しなかったけど、萌々くんはそれで大丈夫なの?」
「え?」
訊くと、なぜか呆けた顔をされた。
「どういうこと?」
「ほら、アカウントとか。カードをかざすんでしょ?」
台にあるカードリーダーを指差して確認しても、萌々くんは不思議そうな顔を崩さない。あれ?
「アカウント持ってないの?」
「ぼく、そういうのは作らないよ」
あ、そうなんだ。
音ゲーのオタクなのに、という内心は飲み込んで、私はゲームを再開する。
楽曲選択モードに突入したので、どうしようかなと迷いながらバチを太鼓の縁に繰り返し振りかざす。なんだか、慣れないというか、物をなにかで叩くという行為に躊躇を覚えてしまいそうだった。しないけど。
「曲、どうする?」
「柊桜さんが決めてよ」
「りょーかい」
ナムコオリジナルもゲームミュージックもバラエティもクラシックもよく分からなかったので、J-POPコーナーで音楽を探すことにした。ボカロも小晴の影響で色々知ってはいたけど、好きとは言えないから却下。小晴が好きなものを好きになりたい人生だったなあと思いながら、私は楽曲の選択を完了させる。
選んだのは、『バック・ナンバー』の有名な曲である『高嶺の花子さん』だ。これはカラオケで歌えるくらいには覚えている曲なので、わりと自信がある。でも初心者であることに変わりはないので、とりあえず『ふつう』モードを選択した。
萌々くんは『かんたん』モードを選択していた。
「…………え?」
「クリアできるかな……」
私の驚愕をよそに、緊張した面持ちで二本のバチを構える萌々くん。今気付いたけど、バチの持ちかたがお箸を持つ形になっていた。
「………………」
曲が始まり、ドンとカッがたくさん飛んでくる。思ったより疲れるけど難しくはなかったので、私は容易にフルコンボすることができた。『ふつう』モード制覇、やったぜ。
一方で、萌々くんは良ゼロ可ゼロ不可百という凄まじい記録を残していた。
「え、どうして? 毎日通ってるんじゃないの? なんで……?」
「…………この前、友達とやったら、下手って馬鹿にされたから、毎日練習してたんだ…………」
不甲斐ない結果に肩を落とした萌々くんは、悲壮な表情でそう語った。
まさか、ここまで下手くそだとは思わなかった。いや、アカウントの存在を知らない時点で想像はできそうだったけど、まさか『かんたん』すらクリアできないだなんて。私でさえ初見の『ふつう』をクリアできたのに。
「…………じゃあ、次の曲、選ぼっか」
「うん…………」
残り二曲残っていたので、次の曲は星がひとつくらいの簡単なものを選んであげた。結果はもちろん、全部不可。良どころか、可すらひとつもないという異次元の成績を二連続で果たした彼は、かなりしょんぼりしていた。女子(私)の前だから、余計に恥ずかしいのかもしれない。ちなみに、私は『むずかしい』モードを選んでフルコンボした。もちろん初見である。
最後の曲は、初心者の私でも知っているような難しい曲を選んだ。『幽玄ノ乱』、である。私は自信がなかったので『ふつう』を選び、萌々くんはいつものように『かんたん』を選んだ。
彼の結果はお察しのとおりである。私はギリギリクリアできたけど、流石に三連続フルコンボということにはならなかった。
「…………元気出して、萌々くん。最後は仕方ないよ」
「最後だけは、ね………………」
「拗ねないでよ」
ゲーム機の目の前にあるベンチに座り、落ち込む彼を優しく慰めてあげる可愛い私。うわ、これ自分でも気持ち悪い。
自分で可愛いとか言っちゃう私が生理的に受け付けない。小晴なら許してたけど私は無理だ。
「ほら、パンチングマシーンとかあるよ? ストレス発散したら?」
「…………この前やったら、弱すぎるって馬鹿にされたんだ………………」
「その友達と縁切ったら?」
人のことを馬鹿にするような人間とつるんではいけない。いや、いけないってことはないんだけど、傷付く覚悟が必要だ。それでもいいよって思えるのであれば好きにすればいい。
小晴はたまに校長先生のヅラを馬鹿にしていたけど、私は小晴のことが好きだ。だから好きにしていた。
それはさておいて。
結局重たい雰囲気のまま(たかがゲームごときで)、私たちはゲーセンを出てフードコートへと向かった。道中のサーティワンで買ったアイスクリームをひと舐めした瞬間、萌々くんの機嫌は簡単に直った。
「美味しいね、これ」
「うん」
口では同意したが、実際は味が分からなかった。ここのサーティワンは、よく小晴と食べに来ていたお店だから。ずっと小晴がちらつくせいで、ろくに味も楽しめないという。
死別したわけでもないのに、よくこんなに悲しめるな私。感情が壊れたジェットコースターみたいな状態で、なんだか落ち着かない。
まあ、別にいいんだけど。
楽しみたいわけではないのだ。
私にはきちんと、ここに来た目的がある。
「………………」
アイスを手に持ちながら、私たちは空いていた席に向かい合わせで座る。小晴はいつも隣に座っていたから、対面に人がいるという状況にあまり慣れていない。だからといって萌々くんの隣に移動するわけにもいかないが。一応、男女だし。
男に興味はないけど。
でもきっと、私は女にも興味がないのだろう。
私が好きだったのは同性ではなく、かといって異性でもない――小晴という存在だったのだから。
好きな人がたまたま同性だっただけで、好きになった原因に性別はまったく関係がない。と、最近気付いた。一年生のころに裸も見たことがあるけど(見学旅行で一緒の部屋だった。個室のちょっと狭い風呂にふたりで入った。今考えるとあれは不埒だ)、爰々ちゃんを性的な目では見れないし。ちなみに当時はまだ、小晴と友達になっていない。
それはともかくとしたりさておいたりが続くのはちょっとあれなのでこの話を深掘りしよう。それをともかくとせずさておかずに私が同性愛者であるか否か私の中で答えは出ているという話。
そういえば、爰々ちゃんはかなりスタイルがよかった。肌も綺麗だったし、身体の隅々にまで手入れが行き届いていたと記憶。もしかしたら、彼氏かなんかがいるのかもしれない――とか勝手に妄想するのは流石に失礼に当たるだろうか。
あの可愛い胸は揉んでみたかったなあ、とかくだらないことを考えながら萌々くんと世間話をする。
相変わらず会話が苦手でない彼と、思ったよりも楽しい雑談。だけど、十分後には忘れてしまいそうな内容。すべてが、くだらなくて滑稽で憐れでみっともなくて残念だった。
結局のところ、これらはただの茶番に過ぎない。
ゲーセンで太鼓の達人を楽しんだり、サーティワンでアイスを食べたり。
気付けば、アイスを完食していた自分がいた。
現在時刻は午後五時。
そろそろか、と私は席を立つ。
「………………お腹痛い」
「え?」
「アイス食べちゃったからかも…………」
「ああ…………」
萌々くんは納得したようで、「大丈夫?」と心配そうな顔をこちらに向けた。
私はお腹を押さえながら、「ちょっと、行ってくるね……」と苦しそうに言ってみた。
「無理しないでね」
「ありがと………………」
卒業式をサボった時に使った腹痛作戦。ただでさえ他人の排泄事情には文句を吐きづらいだろうし、ましてや私は彼にとって異性だ。あれ、そういえば私にとっても彼は異性なのか。まあ、どうでもいい。
焦らず、苦しそうに、だけども自然に、あまりにもらしすぎてもよくない。
慎重に慎重に、だけど慎重になりすぎないように――と。
こうしていとも簡単に萌々くんを撒くことができた。塾の授業が終わる時間は、九時過ぎ。十時までには、全員帰らされるそうだ。だから、そのくらいの時間帯を狙う。ひとりに接触できれば、その人経由で色んな人と繋がれるはず。
ここで、萌々くんとの会話を思い出す。
『あなた、事件についてなにか知ってるでしょ?』
『…………いや?』
すぐに話をすり替えられたので、踏み込んだ話はできなかった。でも、彼は確実にナニカを知っている。
そして、私にそれを隠したいと思っている。
だって小晴は、私にそれを隠したのだから――というのが私の考え。
まあ、どっちでもいい。
とりあえず、塾の生徒から話を聞くことは確定事項だ。小晴の彼氏である藍桐と仲がよかった人か、あるいは小晴自身と仲がよかった人。初手でどちらかに当たればとてもラッキーガール。
という気持ちを胸に今回も張り切っていきましょう! お仕置きターイム!
塾帰りと思われる数人の高校生(制服を着ている人)に話しかけたところ、
「え、誰すか? すぐ帰りたいんで、すんません」
「高校生のババアには興味ねぇんだよ。失せろ」
「これから用事があるので、無理です」
「えー、なんであなたにそんなことを教えなくちゃいけないのー? なんでなんでー?」
「逆ナン? 他所でやれよここがどこか分かってんだろ」
「おもしれぇ女だな。俺のお婿さんにしてやろうか?」
「それを言うならお嫁さんでしょ。僕らはちょっとこれから用事があるので」
「ポケモン全種類言える人としか会話しないって決めてるんで」
というわけで、結果は見事なまでに惨敗だった。
もちろん、まだ数人としか話していない。勝負がこれからであることはあまりにも明らかなのだけど、普通にやる気が削がれてしまった。
個性の強い人が多すぎて、まともに会話できそうな人がひとりもいないのだ。
髪型がアイフォンだった女子高生(言葉どおりの意味だ)が一番まともだったの、あまりにもどうかしすぎている。
もしかしたら小晴は、こういう変人が好みなのかもしれない。高校では抑えていた変人への興味を、塾で思う存分発散していたという可能性が考えられるようになってしまってもう駄目だ。
帰路を辿りながら、私は後悔する。どうして私の脳みそは、事件の真相を探ろうだなんて考えに辿り着いてしまったのだろうか、と。癖の強い人と接すると、気力が持っていかれてしまう。そして、ジ・エンド。
なんだかよく分からないけど、私はこういう変人の類があまり好きではないようだった。
ああ、小晴の好きなものを好きになりたい人生だった――これ二回目だな。
陳腐なことしか考えていないのが浮き彫りになってしまった。
…………まあ、全部冗談だ。ということにしておく。
真相を探ることを諦めるわけにはいかない。今、私が生きる理由はそれだから。
建物の前を縦横無尽に駆け巡りながら、人が出てくるのを今か今かと待ちわびている。現在時刻は、およそ九時半。
スマホで時刻を確認していると、ついに建物から新たな人間が出てきてくれた。わざわざ私のためにどうも。
通学カバンを肩からぶら下げ、スマホを片手に持ち右耳にはワイヤレスイヤホンをつけた女子高校生。左耳にはなにもついていないので、きっとイヤホンの片耳分を失くしたのだろうと推測する。そんな推測に意味なんてないので、私は彼女に近付いていった。
そして、なるべくの女子高生の左耳目がけて声をかける。
「すみませーん」
「…………」
反応がないのは、当たり前のことだ。それでも根気よく続けることが成功への道しるべになるのだと確信している私なので、めげずに声をかけ続ける。おーい、じょしこうせー、きこえてるー? きこえてんならへんじしてー。
「おーい…………」
「なに?」
ついに実を結んだ努力が、女子高生を振り向かせてみせたのだった。
女子高生は私をじっと睨み付けている。もしかしてだけど、警戒されているのだろうか? まあ、あんだけ無視してもしつこく話しかけられたら、そりゃ警戒したくもなるか。というより、恐怖したくなりそうだ。
「アンタ、誰? その制服って、確か…………」
お、もしかしたら彼女は小晴と関わりがあったかもしれない。その反応はまあまあ期待できる。
だけどとりあえず、相手の警戒を解くことから始める。まず私は、偽名を使って名乗った。
「こんばんは、私は須貝透乃です。堟商の二年生です」
「………………」
「あなたにお尋ねしたいことがあります」
ここまで言って、相手の反応を待つ。
眉ひとつ動かさない目の前の女子高生相手に、私は少しだけ焦りを覚えた。流石に、表情が変わらなさすぎると感じたからだ。もしかしたら彼女も、小晴の味方なのかもしれない――という危惧は捨てておいて。
「…………アタシは、梔子穂希。堟工の一年だけど」
工業の女子か。そういえば、私の周りにはひとりもいなかった。
ここら一帯で、もっとも治安の悪い高校として知られている堟夳工業高校だけども……。
確か、私の兄もそこに通っていたはず。陽太の出身高校でもあるし。
となると、要警戒だ。もし梔子さんが私の兄と知り合いだったら、そこからバレてしまう恐れがある。梔子さんが気付くのは別にいいけど、兄にはバレたくない。兄に私の動きが知られるのは嫌だ。
兄にはなにも知られたくないのだ。
「なに? 尋ねたいことって」
「…………代金は払うので、どこか寄り道しませんか?」
本日二回目となる寄り道提案。梔子さんは乗ってくれるだろうか?
ああ、やっぱり人と話すのって緊張するなあ。こういう微妙に頭を使わなきゃなんない場面ではとくに。
だから、
「え、奢ってくれんの? いくいく!」
その緊張をぶち壊してくれた梔子さんのことを、私は好きになってしまうかもしれなかった。
もちろん戯言だけどね。
喫茶店にて。
「小晴先輩のこと? もちろん知ってるけど、どうして? アタシ、めちゃくちゃ仲よかったけど」
「…………」
どうやら梔子さんは、事件のことをまったく知らないらしい。そんな珍しいこともあるもんだ――と思ったけど、それがフェイクである可能性を考えないわけにはいかない。
考えなければいけないことがたくさんあるというのは、もはや拷問に等しい状況である。
「人には言えない事情があります」
「ふうん。じゃ、教えてあげれることはなんもないよ」
ま、そうなるよな。
情報提供者――が小晴と親しい場合に、こういうことが起こる可能性は想定していた。
だけど、嘘をつく脳みそすら持ち合わせていない私にとって、これは非常に厳しい問題である。対処法なんて、考えているはずもなかった。いや、ただ単に忘れていただけなのだけど、それは。
さあ、この窮地をどう切り抜ける?
あなたなら。




