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6話 魔女と深淵の気配

「――陛下から手紙を受け取りました」


そう言って、サイラスは一通の封筒を差し出す。

封蠟も差出人もない、簡素なものだった。


「失礼いたしますわ」


ラヴェルナは一言断りを入れてから、手紙の内容に目を通す。


“我が国の可愛い魔女に、やはり深淵が近づいているようだ。予定より早く動いた方がいい”。


「まぁ、陛下ったら」


『可愛い魔女』――その文字に、ラヴェルナはくすりと笑みをこぼした。


「実は、わたくしの元にも“さる方”からお手紙を頂いておりますのよ」


そう言って差し出された手紙に目を通した瞬間、サイラスの眉間に皴が刻まれる。


「――私が送ったものではありません」


わずかな沈黙のあと、彼はそう断言した。


「でしょうね」


ラヴェルナは笑みを崩さぬまま、静かに言葉を返す。


「では、本人に聞いてみましょうか」


そう言って、拘束した魔導師に向き直った。

パチン、と指を鳴らす。

弾かれたように、魔導師の口元がわずかに開いた。


「単刀直入に聞きますわ。あなた…賢知(けんち)の信徒の方ですわね?」


「……」


魔導師は無言で、探るような視線をラヴェルナへ向ける。


「印の持つ者など、ひと目で分かりますわ」


「!」


その言葉に、魔導師は目を見張る。

ラヴェルナは微笑みを浮かべたまま、冷えた目で見下ろす。


「――印とは?」


控えめな声でサイラスが割って入る。


「教祖から力を授かった者には、印が刻まれているものなのです」


視線だけ向けながら、ラヴェルナは静かに答えた。


「なるほど……ですが」


肯定として頷いたものの、魔導師を見た限り、それらしい“もの”は見当たらない。


「…ああ。印と言いましても、魔力のようなものなんですの」


サイラスの反応を見て、ラヴェルナは補足する。


「この方自身の魔力に混じって異質な魔力を感じますの……これは――」


不意に、魔導師の口角が歪む。


『……やはり気づくか』


二つの異なる声が重なって響いた。


魔導師の片方の瞳の色が変わる。

赤く染まり、白目がゆっくりと黒く浸食されていく。


瞬時に、サイラスは長剣の柄に手を添える。

カルロッタも無言で短剣を構えた。

ラヴェルナだけは、瞳をわずかに細める。


「あら、教祖様直々のお出ましですか」


魔導師は瞬きをせず、ラヴェルナを見上げた。


「……やっと会えた」


その言葉に、ラヴェルナの背筋がぞわりとした。

何ひとつ受けつけたくない不快感。

拒絶に近い感覚だった。

それでも、おくびにも出さずにラヴェルナは微笑を崩さない。


「あら、わたくしは別段、お会いしたいとは思いませんでしたわ」


魔導師の表情がぴくりと歪む。


『君は、私のものだ』


低く告げる声音には、隠しきれない焦燥が滲んでいた。


サイラスの指が、長剣の柄を強く握り込む。

微かな金属音が、ラヴェルナの耳に届いた。


「それが、わたくしを狙う理由ですの?」


『理由など語るまでもない』


その瞬間、魔導師の胸元から黒い靄が溢れだした。

それは煙のように揺らめき、黒い触手となってラヴェルナへ伸びる。


キィン、サイラスの長剣が閃いた。

次の瞬間には、触手は黒い霧となって崩れた。

ラヴェルナは驚きもせず、一瞬だけ視線を向けるとすぐに魔導師へ戻した。


――何事もなかったかのように、淡々と。


魔導師はしばらくラヴェルナを見つめていたが、やがてゆっくりと視線を外す。


その目がサイラスへ向いた。


『…ほう』


短く呟き、こう続けた。


『継承したのは、お前の方か』


サイラスは剣を構えたまま、無言を貫く。


魔導師の視線は再び、ラヴェルナへ向けられる。

そして口を開きかけた、その時――。

遠くから、馬の蹄の音と甲冑の音が聞こえてきた。


『どうやら、ここまでのようだな』


魔導師は静かに呟く。


その瞬間、糸を断たれたかのように、魔導師の表情が無へと変わった。


 

   ―――  ―――



衛兵によって、再び拘束された首謀者の魔導師は用意された馬車へと誘導される。

そして、魔導師がタラップに足をかけた瞬間。

その首筋に、赤い紋章が浮かび上がった。

それを、視界の隅に捉えたラヴェルナの瞳が細められる。


「彼から離れなさい!」


すぐラヴェルナの緊迫した声が響いた。

次の瞬間、轟音が森を揺らした。



土煙が舞うなか、防御膜が青白い光を帯びていた。


「…やはり、そう来ましたのね」


小さな呟きとともに、すう…と音もなく膜が消える。


「――皆様、ご無事ですか?」


そう言って、ラヴェルナは辺りを見渡した。


つい先ほど馬車が置かれていた地面が、えぐり取られたかのように陥没している。

その側では、衛兵が放心状態で尻餅をついていた。


「ラヴェルナ様」


サイラスがすぐに駆け寄る。


「お怪我はありませんか」


ラヴェルナは一瞬きょとんとしたあと、ふっと苦笑いした。


「ええ。わたくしなら大丈夫ですわ」


そう言って微笑みながらも、ラヴェルナの瞳は静かに細められた。



――深淵は、確かに近づいている。


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