2話 魔女と旅立ち
舞踏会の騒動から、一か月後――。
とある噂が、貴族たちの社交場で囁かれ始めていた。
それは、【オプスキュリテの魔女の再来】と知られるラヴェルナ=ルルファストが、『西王国の強盾』のもとに嫁ぐというものだ。
腐りきった貴族を一掃し、新体制を敷いた“強硬な新王”と恐れられるカタルオス二世。
その彼が信頼を寄せる、“王の盾”。
その名は、サイラス=キャロスダンド。
王国最強の名高い近衛騎士である。
――― ―――
「いい、ラヴェルナ…辛くなったらすぐ帰ってきていいのよ?」
両腕を回して抱きついてきた叔母のヘンリエッタに、ラヴェルナは少々困ったように微笑みながら、その背中を撫でた。
「ふふ…叔母様ったら心配性なんですから。わたくし、打たれ強いので、そう簡単にはへこたれませんわ、安心してくださいまし」
「……そうね、貴女はとても強い子だもの。杞憂だったわね」
腕の力を抜いたヘンリエッタは、ラヴェルナと顔を合わせて、微笑んだ。
「ええ。でも心配してくれてありがとうございます」
ラヴェルナも、安心させるように微笑み返す。
「しかし…キャロスダンド辺境領の者たちはお前に対して、決していい顔はしないだろう。それだけは肝に銘じておきなさい」
叔父のライアンは腕を組みながら、ぶっきらぼうに告げた。
「ええ、分かりました。――でも、叔父様」
ラヴェルナは彼に向き直る。
「叔父様もくれぐれも気をつけてくださいませね。わたくしがサイラス・キャロスダンド様のもとに嫁いだら、我が家に対して舐めた態度を取ってくる愚な輩が、きっと湧いてきますわ」
「心配するな。小娘が一人いなくなったとて、瑣末なことよ」
先ほどの無愛想さは消えて、ライアンは不敵に笑った。
ラヴェルナは一瞬目を見張ったが、すぐ笑い返す。
「わたくしとしたことが、失言でしたわね」
するとヘンリエッタが、そっと耳打ちした。
「ラヴェルナ。ライアンはね、大切に育てた可愛い姪っ子が急に嫁ぐことになって…寂しくて強がっているだけなの。だから彼の言うことは鵜呑みにしないでね」
『決して誤解しないで』と念を押すヘンリエッタに、ラヴェルナは微笑んだ。
「ええ。叔母様、分かってますわ」
その言葉に、ヘンリエッタはほっと胸を撫で下ろした。
「それに心配することはないわ! この家には、この私がいるんだもの!」
ヘンリエッタは自身の胸を力強く叩いた。
思いのほか強く叩きすぎたらしく、「ごほっ!」とむせる。
「叔母様ったら……大丈夫ですか?」
ラヴェルナは慌てて背をさすった。
「ええ。だ、大丈夫よ」
「お前は本当に落ち着きがないな」
ライアンが呆れたように言うと、ヘンリエッタは一瞬だけむっと眉をひそめる。
「まぁ…お兄様の権威を使うのは気が引けるけど、この家を守るためなら厚かましく使わせてもらうわ!」
拳を握りしめて決意するヘンリエッタの姿に、夫であるライアンは「やれやれ」と眉間を軽く押さえた。
ヘンリエッタは元公爵家の人間だ。
ライアンに一目惚れした彼女は、自分を溺愛してる現公爵である兄を説得し、身分が低いルルファスト男爵家に嫁いできたのである。
「公爵様の後ろ盾があれば、安心ですわね!」
ラヴェルナは嬉しそうに両手を合わせた。
「そうよ。だから、家のことはこの私に任せてちょうだい! それより…私はラヴェルナのことが心配だわ」
そう言って、再び抱きついてくる。
「叔母様、本当に…わたくしなら大丈夫ですわ」
困ったように笑いながら、ラヴェルナはその背中を撫でた。
「ヘンリエッタ、もういい加減にラヴェルナを解放してやれ」
ライアンに言われて、ヘンリエッタは渋々離れた。
「ラヴェルナ。気をつけて行きなさい。…私たちは、ずっとお前の味方だからな」
「そうよ。いつでも帰ってきていいからね」
叔父と叔母、それぞれ別れの言葉を告げる。
「――ええ。叔父様も叔母様も、お身体にはくれぐれも気をつけてください」
そう言葉をかけると、二人は頷いた。
「……ああ」
「三ヶ月後の結婚式には必ず出席するからね! 行ってらっしゃい、ラヴェルナ」
叔父夫婦にしばしの別れを告げ、ラヴェルナは馬車へ乗り込んだ。
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