魔法剣士(スペル・フェンサー)(1)
「ん……っ」
泥煉瓦の壁の隙間から差し込む陽光に目を覚まし、プリシラは小さく声を漏らした。
外からの光に目が慣れるまでしばらく時間がかかったが、何度か瞬きを繰り返すと、納屋の中がはっきりと見えてきた。
薄暗い部屋の中で、彼女は無理やり体を起こした。
腕に力を込めて立ち上がると、その重みで干し草がパチパチと音を立てる。
ふと見ると、自分のジャケットが体にかかっていた。
辺りを見渡したが物音ひとつしない。彼女は声を張り上げた。
「リオナラ?」
返事はない。あまりにも静かすぎた。
彼女は急いでベルトを締め、武器を腰に固定すると、鎖帷子の上からジャケットを羽織った。
「どこへ行ったのかしら……」
出入り口代わりの泥の床の段差を越え、隣の部屋へ入る。
周囲に視線を走らせる。
「ゲラルトさん? いらっしゃいますか?」
奥の部屋も覗いてみたが、そこも空っぽだった。
(リオナラも、彼と一緒に出て行ったのかしら……?)
昨夜の出来事がまだ胸につかえていた。
宿屋での屈辱を思い出すだけで、無意識に拳が固くなる。
だが、数秒後、彼女は長くゆっくりとした溜息をついた。
「いいえ……ここで無用な争いをしてはいけないわ」
湿った枝編みの扉を開け、外へ出る。
秋の始まりだというのに、外気はすでに冷え込んでいた。
自分の手を見ると、指先に夜露がついていた。
(あの子、まともな服も着ていないのに……凍えているに違いないわ)
自然と視線が地面へと向く。
湿った土の上に、二つの対照的な足跡が残っていることに気づいた。
「大人の足跡と、ずっと小さな足跡……。なるほど、リオナラはゲラルトさんと一緒に出かけたようね」
周囲を見渡すと、他にも様々な足跡が入り乱れていた。
「……それならいいけれど」
彼女は扉を閉めると、迷わず中央通りへと急いだ。
幸いそれほど遠くはなかったが、路地裏で何度か曲がり角を間違え、ようやくメインストリートに出ることができた。
早朝のアリヴォールの街には、まだ行商人や労働者の姿しかない。
歩道に店を広げる準備をする者、つるはしやシャベルを担いでダンジョンへと向かう者。
プリシラは中央広場に向かって歩を早めながら、辺りを索敵するように見回した。
(リオナラ……どこにいるの……?)
標柱に辿り着き、真っ先に向かったのはゲラルトの鍛冶屋だった。
だが奇妙なことに、店の前には誰もいない。
「ゲラルトさん!」
店に近づきながら叫ぶ。
「いらっしゃいますか!?」
「ああ、声がでけえよ。耳はちゃんと聞こえてるぜ」
奥の鍛冶場から、不機嫌そうな中年男が出てきた。
「このゲラルト様に何の用だ、嬢ちゃん?」
「リオナラはどこですか?」
「はあ? あのチビなら、ふいごの側でくつろいでやがるぜ」
彼は十字鎚を振って店の奥を指差した。
「来な、見せてやる」
彼女は迷わず中へ足を踏み入れた。
店内は質素で、いかにもゲラルトらしい。
剣、斧、長柄武器が、樽の中に詰め込まれたり、壁の支持具に掛けられたりして展示されていた。
「この店、こんなに広かったのですね」
「ああ、前回は俺様がプレートを叩いてる間、外で待ってただけだからな」
彼は厚い木製の扉の前で立ち止まり、顎でしゃくった。
「ほら。……俺様はギルドに用がある。留守の間、店番を頼むぜ?」
※次回更新は2月22日 21:30予定です。




