王宮剣士か、魔法騎士か(3)
微笑みに送られ、ギルドを後にする。外の空気は、街に着いた時よりも重苦しく感じられた。
(しかも、あれはレオナ女王陛下から賜った軍資金よ! 数十枚の金貨が……!)
彼女は拳を固く握りしめた。
(あのスリのガキめ……子供だろうが容赦しないわ!)
「よう、嬢ちゃん! 新入りの冒険者か?」
野太い声に呼び止められる。見ると、スキンヘッドの屈強な男が立っていた。上半身は裸で、汚れの目立つズボンを麻の紐で縛っている。
(物乞い……かしら?)
「おい、そんな顔で見んな。俺は鍛冶屋の主だ。そんな目で見るなら、刻印代を倍にするぞ」
*
数分後。主のゲラルトが刻印を終えたプレートを返してくれた。
「嬢ちゃん、最近はこの辺も物騒でな。腹を空かせたガキが溢れてやがる」
「……? アリヴォールは潤っているのではなかったの?」
「あそこは育ちの良い奴が出てくる場所じゃねえ。シスターたちも自分らの食い扶持だけで精一杯よ」
プリシラの目が鋭くなった。
「その孤児院はどこに?」
「あっちの方だ。あの建物の上の十字架が見えるか? 昔は教会だったんだが、今はシスターたちが子供の面倒を見てる」
「分かりました。感謝します、ゲラルト」
彼女は中央広場を横切り、孤児院へと向かった。
(任務とは無関係だけど……陛下なら、きっと放っておかないはずだわ)
道が狭くなるにつれ、周囲の景色が変わっていく。街自体は貧しくないはずだが、そこはスラムと呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
立ち込める悪臭、未整備の側溝。 教会の朽ちかけた扉の前に立ち、拳で叩くと、木材は内側から腐り、触れた場所が凹んだ。
「あら、どなたかしら?」
扉が開くと、古びた藍色の服を着た年配のシスターが現れた。手は細く、顔色は青白い。
「あ……ここは孤児院、ですね?」
「ええ、アリヴォールで唯一の」
「ゲラルトから、運営が苦しいと聞きまして。子供たちは中に?」
「あら、里親をご希望で?」
「いえ……ただ、様子を見に来ただけです」
シスターは疲れの滲む笑顔を浮かべた。
「ふふ……ええ、確かに大変ですが、わずかな助けを借りてなんとかやっておりますよ」
招かれるまま中へ入ると、そこは廃墟に近い教会だった。木製の椅子は埃を被り、湿った腐敗臭を放っている。
「あの子は今、お使いに出ているのですが、すぐに――」
シスターは激しく咳き込んだ。
「大丈夫ですか、シスター!」
「ああ、気にしないで……ただの持病のようなものですわ」
「こんな場所、大人が住むのも過酷です。ましてや、子供と一緒に住むなんて……」
「ふふ、息子も同じことを言っていました。でも、あの子が幸せになれる里親が見つかるまでは、ここを離れるわけにはいきませんわ」
プリシラの胸が締め付けられた。
(これは「生きている」んじゃない……ただ「耐えている」だけだわ……)
その時、背後の扉が開いた。 プリシラは瞬時に左手をレイピアの柄にかけた。小柄な人影が滑り込み、シスターのもとへ駆け寄る。
「シスター! お金を手に入れたよ! これで何日も食べられる!」
少女は十代半ばといったところだろうか。
(あの子が……!)
プリシラはそのマントに見覚えがあった。
(まさか……!)
「すごいわね、どうしたの?」
シスターが優しく尋ねると、少女の声が詰まった。
「あ……それは……」
「リオナラ……。また盗みをしたわけではありませんね?」
「違うよ! ……拾ったんだ。道に落ちてたんだよ!」
少女はポケットからポーチを取り出した。紐の端が綺麗に切断された、紛れもない彼女のポーチだ。
自分のポーチが少女の手にあるのを見て、プリシラの心は千々に乱れた。だが、シスターの前で荒事はできなかった。
「中にいるぞ」
入り口の方から男の声が聞こえた。プリシラは即座に椅子の影に身を隠した。
三人の暴漢が教会に押し入ってきていた。手斧を持った大男が低い声で威嚇する。
「金貨だってのは本当だろうな?」
「俺の目を疑うのかよ! パン屋でこいつが使ってるのを見たんだ」
シスターは跪き、手を合わせた。
「お願いです、乱暴はやめてください……」
「黙れ! 金貨を持ってるのは分かってんだ!」
リオナラはマントから取り出した粗末な短刀を構えてシスターを庇った。
「あっちへ行け!」
暴漢が武器を振り上げようとした瞬間――プリシラが飛び出した。
鋭い一閃。 レイピアの刃が男の手首を切り裂き、武器を落とさせる。
「ぐあああ! 俺の手が!」
「命が惜しければ下がりなさい」
プリシラは右腕を引き、切っ先を敵に向けた。
「手加減はしませんわ」
「女一人じゃねえか! 殺せ!」
大男が手斧を振り回しながら突進してくる。
(無作法な豚め!)
プリシラは左にサイドステップし、突進してくる男の指先を的確に貫いた。手斧が滑り落ちる。
大男は痛みに構わず殴りかかってきたが、プリシラの方が速かった。腕の下を潜り抜けながら、その左腿を深く切り裂く。
巨体は椅子を粉々に粉砕しながら転倒した。
不潔な髭の男が横から刺そうとするが、プリシラのレイピアの鍔がその顔面を捉えた。追撃のポンメルが側頭部を直撃し、男はそのまま意識を失った。
だが、その隙を突かれた。背後からリオナラの首に腕が回される。
「動くな! 動くとガキの命はないぞ!」
手首を斬られた男が、左手で短剣をリオナラの喉元に突きつけていた。プリシラは歯を食いしばる。
「……いいえ、あなたは殺せないわ」
「何だ――」
その時、シスターが男の左腕を掴んだ。
「放せ、このクソババア!」
男がシスターを振り払う。シスターは床に叩きつけられた。だが、男がプリシラに向き直った時には、すでに彼女は懐に踏み込んでいた。
レイピアが男の腕を貫き、リオナラを救い出す。
「あああああ! クソ, クソが!」
「……大人しくしていなさい!」
プリシラは男の股間を蹴り上げると、そのまま自分の体重をかけ、レイピアごと男を床板へ突き立てて固定した。彼女は手早く武器を回収し、シスターを抱き起こした。
「さあ、シスター。私の手を」
「あ、ありがとうございます、お嬢様……」
プリシラは頷き、少女を見た。
「リオナラ。シスターを連れて外へ。衛兵を呼んできなさい。私はこの虫ケラたちを見張っています」
「う、うん!」
二人が外へ出ると、プリシラは深くため息をついた。
「一日も経たないうちに、もう厄介ごとだなんて……。レオナード卿やフィービー卿の耳に届きませんように……はあ……」
「この女、早く剣を抜きやがれ!」
「うるさいわね、静かにして」
彼女は椅子の破片を投げつけ、男を黙らせた。
「私は騎士団の三傑の一人なのよ。こんなことに首を突っ込むなんて……」
そう口にしながら、彼女は師の言葉を思い出していた。
『聞きなさい、プリシラ。我らはアルカディアの精鋭だが、それ以上に誓いを守る者だ。自らを守れぬ者を守り、いつか彼らが誰かを助けられるようにする。それが騎士の誇りだ』
彼女は拳を胸に当て、静かに呟いた。
「……陛下」
※次回更新は2月16日 21:30予定です。
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