虫
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敵として感じていた脅威がペタンと裏返った形。
この子の親とは争える敵同士だが、この子自身とは次元が違い過ぎて抗う気も起きない。
むしろ崇めたい位だ。
絶対神となって配下に置いて欲しい。
そんな気持ちが沸き上がって来た時、彼は心からの安寧を感じた。
そうだ。
私はこの感覚を求めていたのだ。
母親を亡くして失ったモノ。
精神の拠り所。
生きる意味。
希望。
光。
落ち着きを取り戻しつつある正徳。
四半世紀ぶりに『安心』の欠片を見つけたこの多幸感。
そんな魔人桃に対して新しい女神になる筈のキナハは……右手親指を下に向けながら言い放った。
「テメーは必ずぶっ潰すから」
メェドゥギまたも大ウケ。
「やっぱ、お前オモロいのー正徳ィ!」
キナハが帰った後、俯く桃の肩をパシパシ叩く。
「あの子がお前許す訳ないやろー。どんだけ自分に都合ええねん、お馬鹿さん!」
「……」
「ふてんなって。ええかバカ徳。お前、昨日Sエリアで暴れてからキナハん家行ったやろ。あん時何で彼女おらんかったと思う?」
「……」
「あの子な、お前と入れ違いでSエリアに行って救出活動してたんやでー。かなりの人助けてたけど。お前が両親殺とバトルしてた時も人命優先で頑張っとったの」
「……」
「今朝バカ徳が調子こいて家乗り込んだ時もな、我慢しとったんやで。ミキナとハルトは娘にお前なんかと関わらせたぁなかったから」
「……」
「それをお前ッ、手打ちとか舎弟とか……ほんまアホやでーコイツ!」
桃はさっきキナハから突き付けられた言葉を反芻していた。
少女の宝石を思わせる大きな瞳がたった一度だけ、桃の姿を初めて捉えた時にこう告げたのだ。
「今度、私がメェドちんトコ遊びに来るまでに……この世界から居なくなっとけ。でなきゃ私が素粒子にまで分解して、この世からアンタを消滅させてやる」
事実上、期限付きの死刑宣告だった。
心が凍るし、どこにも逃げ場はない。
でも感情の爆発もない。
あるのはただ自身に課せられた『生きる』というたった一つのプログラムだけ。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくないのだッ!
堪らずメェドゥギにすがるような視線を投げ掛ける。
意外な事に。
巨人は優しく彼を見下ろしていた。
彼。
そう、いつの間にか彼は魔人桃ではなく林正徳の姿に戻っていたのだ。
ゲジゲジ眉に濃い髭剃り跡、白髪混じりのスポーツ刈りでカッターシャツをGパンにインした中年男性。
巨人を見上げながら鼻水垂らして静かに泣いている。
「……人間。やめるか、正徳」
こくこく頷く。
「お前な、もう虫になれ。そんでな、生き続けたらええねん」
こくこく頷く。
「何の虫がええ?」
彼は少しだけ考えるとこう答えた。
「……てんとう虫がいいです。昔母ちゃんと見たアニメを思い出したから」
「よっしゃ」
メェドゥギは正徳をてんとう虫にすると、ログハウスをぽんと消した。
そして。
これまでの四億年同様、また孤独にジャングルを歩き始めた虫の王。
その肩に。
てんとう虫がそっと止まった。
まるでそう決まっていたかのように。
それではまた…




