キナ
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午前8時3分地震発生。
T線駅前の住宅街。
住人達は地震直後に街を覆う黒い影に気付いて空を見上げた。
そしてあり得ない光景を目の当たりにする。
全長約二百メートル、横幅約百メートル。
住宅街の上空に浮かぶ巨大なスマホのような物体。
それはゆっくりと無音で移動していたが、ある地点でピタと静止した。
百メートル下には町田家。
その町田家を中心として約五十世帯の家々を覆い尽くす物体の正体。
駅前大学の陸上競技場であった。
トラックの真ん中に立つ魔人桃。
魔人というより、どこかバンパイアを連想させる血のように鮮やかな赤のビキニ鎧。
彼女が朝から元気いっぱいで競技場を丸ごと引っこ抜いて運んできたのだ。
「さぁてと」
桃が右手で下を指差すと音もなくそれが落下を始めた。地上までたった百メートルの距離。
一秒程でガッ、と止まる。
ひゃあぁぁっ…………
街のアチコチで悲鳴が上がった。
皆、競技場が大き過ぎて全体が把握しきれないでいる。
上空約五十メートルで静止している二万平方メートルの巨大建造物。
桃はトラックから飛び立つと、町田家の玄関にストンと舞い降りた。
「さっきねーッ」
ドアに向かって可愛らしくヤッホーの構え。
「小学生十人ばかしラチってあちこち生き埋めにして来たよーッ」
自分で首を絞めて舌ペロンとしてみせる。
「私が掘り出さないとォーみんな三十分以内に死んじゃうからァー操作系はなしでヨローッ」
暫くして玄関が開いた。
「お邪魔しまッス〜」
鉄靴のままドカドカ家に上がると一階の居間に向かう赤魔人。
ダイニングテーブルには町田夫婦が並んで座っていた。
旦那の方は電動車椅子だ。
二人の前にいそいそと着席する桃。
そこにあったコーヒーをひと口啜ってからカップについたリップをきゅ、とやる。
「うん、おいし」
額に玉のような汗を浮かべているハルト。
眼鏡が曇る。
「オジサンさ、頑張ってるけど私の方が遥かに強いんで。とりあえず一秒間に十センチずつ押し込んでくからね競技場」
力比べの体勢に持ち込まれた時点で勝負は見えていた。
それでもハルトは苦悶の表情を浮かべながら必死に街を守る。
「それとオ・バ・サ・ン!」
桃は手甲を装着した腕で頬杖つきながらミキナを見た。
彼女がずっとメンチを切っていたので、少しビビる。
気を取り直して話の続きを。
「今から五分位かな。操んのナシで宜しく」
「……どーしたいの」
「え? 勿論殺すけど」
夫婦から絶望感が漂う。
この場を支配出来ている喜びに打ち震える桃。
「大丈夫だよー。直ぐには殺さないから。五分は頑張ってよね!」
少し解れた桃は部屋をキョロキョロし出す。
彼女にとって町田家は、プチ未来の家庭という事で興味津々なのだ。
基本的には二十五年前と大して変わらないが……所々何に使うのかわからない家電が置いてある。
「これが2044年のおウチかぁ」
じわじわテンションが上がってきた桃は、これからこの家で復讐ショーが始まると思うと堪らなくなった。
あぁ、生きてるって実感ッ!
「?」
ふと、気配がして背後の階段を振り返る。
そこには二階から降りて来る途中の少女がいた。
パジャマ越しでもわかる長い手足。
その小さな顔に似つかわしくない大きなアクビをしながら一階へ。
「遅刻……ママ」
はぁ、とミキナが頭を抱える。
「何で起こしてくんなかったの」
ローテンションで顔を洗いに行くらしいその娘を唖然と見送っていた桃は、それとはなしにテーブルのハルトを見た。
額の汗を拭きながら一息ついている。
「!」
桃がやっと気付く。
無い、
無い、
無い、
競技場が無い!
さっきまでスキルで圧を掛けていた上空の陸上競技場の手応えが、無くなっていた。
「ど、どゆ事?」
一瞬パニックになる桃。
何をすればいいかわからない。
ガタッ。
立ち上がって朝食の仕度を始めるミキナ。
ハルトは眼鏡を拭いてタブレットを見ている。
「ママ〜。十人じゃなくて二十人だったよ。もうみんな家まで送り届けたから」
タオルを首に掛けながら少女がテーブルに着席。
パパには話しかけない。
思春期の女子がいる家庭ではよくある光景。
ミキナがテーブルにハムエッグとトーストを用意する。
「キナ、遅刻してもいいから。ご飯ちゃんと食べてってよ」
「うん……ん?」
少女はコーヒーのマグカップを見つめてイラッとしている様子。
ハッ、と我に帰った桃。
すかさず操りマンを発動する。
する。
が、出来ない。
声が出ない。
方法はわからないが封じられているのだ。
「!」
今度はモーフェートを使ってフルパワーで少女を攻撃。
部屋中を綺麗な光の飛沫が舞う。
パアァァ。
次にミキナとハルト。
パアァッパアァァァッ。
自分達が攻撃されても何故かスルーする夫婦。
見て見ぬふり、というより『無かった事にしたい』といった感じか。
一方の桃。
現状を理解出来ずにいた。
「フルパワーが……跳ね返されてる?」
一昨日の復活の夜。
施設の屋上でナポリタンを食べた後、余興のつもりで新月に向かって撃ったフルパワーの一撃。
月面に新たなクレーターを生む程の威力があった。
それなのに?
桃は考える事が多過ぎて、脳内エンジンが三〜四基フル回転していた。
「競技場消えた? どーやって」
「人質解放された? どーやって?」
「声封じられた? どーやって?」
「フルパワーの攻撃が効かない?」
「この娘、一体……何者なの?」
……………………ジリリリリリリリリンリンリンリンリンリンリンリンリンッ。
頭の中で非常ベルが鳴り出して桃は玄関にダッシュ。
飛んで逃げた。
それではまた…




