魔人
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『七十三棟のビルやマンションに四十九軒の民家、荒川水系の支流と都道一本が一瞬で消し飛んだ』
『週末だった事が幸いし勤め人が少なかった事と、近隣住民の避難が七割方済んでいた為に、地元の被害者数は八十二名で食い止める事が出来た』
『スカイタワーへ観光に訪れていた人々の被害は、実に三千人に及んだ。これはアメリカの9・11同時多発テロに匹敵する被害者数である』
『魔人桃』
林正徳こと鐘崎桃はコーポの部屋で寝転がって週刊誌を読んでいた。
髪をアップにしてモコモコの部屋着姿。
「魔人だってぇ。ウケるー」
生活ぶりは特に変化なし。
有名人になったので外出の時は変装をする位だ。
キャップにサングラスとマスク。
生まれて初めてファッションを楽しんでいる。
桃の小柄な体型に似合う服を研究。
〝抜け感〟を意識して雑誌やスマホで情報を漁ってはネットショッピングに勤しむ。
本当はお洒落をして街中を歩いてみたかったようだが。
早めの魔人デビューをしたので、それだけは悔いが残っている正徳であった。
『一体彼女は何者で、何が目的でこんな惨事を引き起こすのか?』
日本中、いや世界中が魔人桃の動向を注視している。
オ・モ・シ・ロ・イ。
正徳はそう感じていた。
「自分でも意外。後は死んで終わりの筈だったのに」
『復讐』『制裁』と自己の立てたプランを達成した彼の最終ミッション。
それは『自殺』だった。
復讐と制裁で千人の人の命を奪った後は言わば通り魔的発想で終わらせようとしていたのだ。
さすが才能ゼロの作家である。
驚く程稚拙で自己中のつまらないオナニーシナリオ。
しかし、ここで予想もしなかった事が起こる。
自身の作品の中で初めて『ドラマ』が生まれたのだ。
鐘崎桃になってみたい。
愛する人そのものを手に入れたい。
彼女の顔、彼女の体、彼女の声。
あの時感じたオルガズム。
これこそ人生の生きる意味だと知る。
そして桃になった彼は今。
ありのままに人生を謳歌する為、自分らしさを追求して生きていく為に。
「この世界。大っ嫌いだったから」
とりあえず〝儀式〟として壊す事にした。
それが一番『らしい』と思ったし満足もしている。
でも別に今後のプランを考えていた訳ではない。
「ファッションを楽しむ事」
「有名人気分を味わう事」
「スカイタワーの時スッピンだったから。メイクもしっかり頑張る事」
正徳は貧乏性なので、ここでも計画をしっかり立ててやっていく事にした。
毎日を心から楽しむキラキラ女子。
思い通りに生きる。
それが魔人桃なのだ。
***
十月。
週末。
十九時。
都内のスクランブル交差点。
白のショートカーディガンにざっくりボーダーTとベージュのワイドパンツ。
そしてスニーカーと白キャップの小柄な女子が信号を渡っている。
マスクを着けていない彼女を見た人々が徐々に立ち止まり始めた。
魔人桃だ。
信号が点滅しても誰一人動こうとしないし車も止まったまま。
なので桃もそうする。
スクランブル交差点のど真ん中。
少しドキドキした。
周りの反応が気になったからだ。
「とりあえずブーイング来たら皆殺し」
そこだけ決めて最寄り駅まで電車でやって来た。
地元や車内ではマスクをしていたからか誰にも気付かれない。
それはそれで桃には物足りなかったが。
今は違う。
彼女を中心として波紋のように広がっていく何か。
この場や人々の命すら支配しているのは自分なのだと認識する桃。
「どーしよっかなー」
愉快だ!
スカイタワーの時と同じく生殺与奪の権を握る。
まるで女王ではないか。
その時だった。
「やべ。マジ可愛いんだけど……」
彼女の近くにいる男子学生グループがざわつき出す。
少し驚く桃。
だがすぐに笑顔になる。
すると、あちらこちらで写真や動画を撮り始める連中がチラホラ現れた。
やがてそれは撮影会の様相を呈する。
彼女、林正徳は不思議な感覚に見舞われていた。
ファッションやメイクを頑張って可愛いをもらう。
これは女王としてその場を制するよりも遥かに気分が上がるのだ。
一度も評価された事のない彼の人生に初めて『いいね』がついた。
自己肯定感の高さにやっと自身が追いつく形となって。
魔人桃は何もせずに、そのまま飛んで行ってしまった。
取り残された人々は歓喜に包まれる。
それではまた…




