災厄
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「嘘でしょ…………?」
全長六百メートル以上の巨大建造物が土台の基礎部分ごとアンテナを下にして逆立ちしている。
様々な物体を落下させながら。
構造上あちこちに負荷がかかるのかキイィィィッ、とむせび泣く東京スカイタワー。
「無理やり引っこ抜いた感じだ」
ハルトが呟いた。
地上では警察が非常線を張っており、上空には報道のヘリコプターが数機ホバリング状態。
バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ……
まるで映画のワンシーンの様なカット。
「いい画……」
一瞬そう思ってしまったミキナ。
「マジでかーッ! こんな事、Yエナジーで出来る訳ないよ……」
「出来る出来るハルト。楽勝やん。ワイやったら地球割れるで。パッカーんて」
「メェドさん言い方!」
その時。
ヘリコプター中継の男性記者が叫び出した。
興奮し過ぎたのか日本語がおかしい。
《えー、信じられません…………人です! 人がいるようです! ご覧いただけになってますでしょうかッ》
それは突然、上空から現れた。
逆立ちスカイタワー基礎部分の手前までスーッと下りて来てピタ、と止まる。
「女の子?」
「えッ……可愛いい?」
「そこかよ!」
全国のテレビ前で繰り広げられたであろうやり取りがこの喫茶店でも。
ミキナとハルト。
《どうやら女性! 若い女性のようです! えー、アレは中世の鎧……でしょうか? かなり露出多め。アレで鎧の意味あるんですか》
ハルトが小さく頷いたのを見逃さなかったミキナ。
テレビ画面に映し出されるギリシャ神話の『アキレウスの鎧』の様な出で立ちの小柄な女子。
しかしその鎧はヘソ出しで胸の谷間が強調されたビキニスタイルの甲冑であった。
兜は被っておらず、黒ロングの巻き髪。
一応マントも着用している。
「あの娘……鐘崎桃じゃない? AV殺人の被害者」
「あーッ、ホントだ! やっぱかわ」
無言で前髪を触り始める少女。
何か不穏な気配を感じたのか口をつぐむ少年。
少しは成長した模様。
ドローンの映像が鐘崎桃擬きを捉える。
アップが来た。
実に形のよいプリッとした唇が開く。
ドローンの集音マイクが見事にその音声を拾う。
後に『928』と呼ばれ、人類史に残る災厄となったこの瞬間。
「私、鐘崎桃はぁ」
可愛らしく舌をぺろっと出す。
「今から悪魔になりまーッす!」
絶叫するとタワーを倒してみせた。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
***
ミキナは喫茶店から自宅に帰っていた。
玄関で義足を外しケンケンで風呂場へ直行。
母親の光恵は今日も祖母の家へ行っており不在だ。
「今日は居て欲しかったかな……」
浴槽で三角座りしてシャワー全開。
頭から浴びる。
シャアァアアアァ。
スカイタワーは多くの観光客を抱えたまま街に落下。
数え切れない程の人の命が奪われる瞬間を目撃した。
させられた。
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」
メェドから何とかしろと言われていたのに。
もっと考えていれば。
何か行動していれば。
後悔が後から後から押し寄せて来て、胸が張り裂けそうになるミキナ。
だが、泣く事はしなかった。
彼女はこの痛みを。
涙で流したりしないと決めていた。
もう二度とこんな思いはしない。
させない。
あの悪魔を。
林正徳を止めるのだ。
***
同じ頃。
家に帰ったハルト。
自分の部屋で電動車椅子に座っていた。
項垂れた状態で全く動こうとしない。
やがて顔を上げると。
肘掛けを強く握りしめて、両足の装具を付けたまま立ち上がろうともがき始めた。
コントロール出来ない程激しく震える足。
全く立ち上がれる気配すらない。
十分、二十分。
額からは汗が吹き出す。
歯をキツく食いしばり、今にも崩れそうなバランスにその身を焼きながら。
三十分を過ぎて力尽きたハルト。
「くそぉぉぉおぉおおおおおッ!」
単行本やフィギア、アニメのDVDで埋め尽くされた少年らしい四畳半の部屋。
それらとベッド、机、テレビ、本棚。
部屋中の全てが宙に浮かんで静止していた。
ギギィ……ばこぉん!
家の庭にある物置が持ち上がり、道端の道路標識がねじ曲がる。
「あ!」
ランドセル姿の女の子が標識を見上げた。
右手にあるコインパーキングの車数十台が一斉に一回転して静かに着地。
曲がった標識が元に戻る。
「うわー」
標識と車を何度も見直す小学生女子。
庭の物置がそっと降ろされ、部屋に浮いていた様々なモノが逆回転動画のように定位置に帰って行く。
車椅子に座ったまま、目を真っ赤に腫らしたハルト。
宙を睨む。
それではまた…




