ニケツ
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「I島は面積約三百平方キロメートルで島の九割が亜熱帯の自然林。海岸線沿いの平地にだけ島民が暮らしてて多くの山で島全体が覆われてる。島を代表する二つの川のうちU川は島の南東部が源流で北西に。もひとつのN川は西南部が源流で東へ流れて港に続いてます」
目を丸くしているハルト。
「凄ッ。暗記してんの?」
「だって不安だもん。知らないトコ行くの」
旅館前。
キャップを被ったミキナが電動車椅子に合わせてスタスタ歩いている。
「N川には港から遊覧船クルーズとかカヌーの体験コースも出てるんだって。マリンスポーツと人気を二分する観光スポットらしいよ」
「そんな所から? 大丈夫なのかな?」
「何とかなるっしょー」
少し不安気なハルトと迷いのないミキナ。
十分後、二人は旅館前の橋手前にあるカヌー乗り場から川に入って上流を目指していた。
電動車椅子の後部、後輪の内側には両サイドに転倒防止バーが付いていて。
介助者が手押しハンドルを握ったままで両足をこの部分に乗せると〝自転車の二人乗りで後ろが立つ〟状態になる事が可能。
小柄なミキナは無理のない態勢でハンドルの間に上手くハマったまま。
ハルトの乗る電動車椅子でN川を走行していた。
正確には車椅子は静止状態。
皇帝の黄昏によって川面に敷かれた全長約十八キロの『見えない』オートウォーク上を運ばれているのだ。
スピードはママチャリ程度で目的地まで約一時間のドライブ。
予めジャングル対策として二人共衣服の下にラッシュガードを着込んできた。
キャップ着用のミキナは日焼け対策にも余念がない。
出発時にカヌー乗り場の関係者が入水しようとしている車椅子の二人を見て声を掛けて来た。
ミキナはおもむろに剣指を突き出し「私達の事は忘れて放っといて」とザ・コマンドを発動したのだが。
彼女のスキルの事をまだ知らされていないハルトはかなり驚いたようで、それから一言も口をきかなくなってしまっていた。
お互いに無言のまま。
まだ広い河口を移動していると今度は前方からカヌーが三隻程現れた。
体験コースから戻って来たのだろう。
ガイドの若い男性とやはり若い女性二人組。
こちらを見て声が出ない様子だ。
テンガロンハットを被ったハルトの頭上からミキナが剣指をにゅと突き出す。
再び驚く彼。
「私達の事は忘れて」
また目をパチクリさせている男女三名。
「何ソレーッ、さっきから怖いんですけど!」
「私のスキル。気にしなくていいから」
「イヤ、するわ! つか、ずっと聞きたかったし。KiNAちゃんのスキル」
しょうがないなといった表情の彼女。
「アレだよ。命令系の」
「思い通りに操る系?」
「だよ」
「怖ッ」
お互い顔が見れなくて良かった、と思うミキナ。
気まずい雰囲気のまま。
川幅は徐々に狭くなっていき蛇行を繰り返す。
マングローブの林からヤエヤマヤシの群生へと風景も移り変わった。
水鳥が水面を飛んで行く。
サラウンドで聞こえて来る虫や動物達の鳴き声。
手を伸ばせば木々の葉っぱにも触れる事が出来る。
濃密な空間の中、水面を滑るように飛ぶ二人。
陽は少し傾き始めているものの、まだまだ容赦なく照りつけてくる。
ミキナは暑さよりも目の前に展開するリアルな光景に少し心細くなる。
ドライバーさんは麦わら帽の頭しか見えないが、集中を切らさないようにスキルを展開しているのがわかる。
話し掛けたくても出来ない。
モジモジする彼女。
「……あのさ」
ハルトの方から切り出して来た。
「今期のアニメ…………」
「え? あ、うんアニメ」
「どんな感じ?」
「そーだなー。私のイチオシ。春から2クール連続でやってるあやかしモノ……」
「アレ、いいね!」
「私、単行本持ってる」
「僕も!」
実に嬉しそうなリアクションのハルト。
「……でも、あんな事件あったから。未完で終わっちゃうんだろね」
「うん、残念だけど。私大好きこの作品」
ミキナも嬉しかった。
話が出来る事は勿論だが。
ハルトはガチ勢のアニオタだと認識、その部分では距離を取っていたのだ。
彼女自身もオタではあるが自分をライトオタに見せたかったらしく『一緒にされたくない』『でもマウント取られると腹立つ』と一人で拗らせていた。
けれどハルトは面倒なアニオタではなく。
むしろ彼女の方が自己肯定感低めのガチ勢だと認めせざるを得ない。
彼はコミュ力が自分に比べて神レベルなのだ。
『私よか全然ちゃんとしてる人』と再認識のミキナ。
二人で夢中になって話していたら、あっという間に沢まで辿り着いた。
ここから先は岩肌が露出する河原を高度を上げて遡行して行く。
慎重な様子のハルト。
ジャングルの中を狭く勢いを増す清流。
ぐんぐん高度を上げて、それらを見下ろす形で進む二人の車椅子。
「ドローン映像でこんな画見た事ある」
二人乗りで周りを観察する余裕のあるミキナはイラストの参考にと線を覚えている。
暑いから川で水遊びしたいと思う。
泳げないけれど。
ハルトもそうか、と考えると少し嬉しくなった。
しばらくして大きめの滝が現れる。
すると沢は徐々に源流の雰囲気を醸し出し始めた。
気がつけば水は少なくなっていき、やがて見渡す限りのジャングルのみとなる。
木々の上を滑空する形の二人乗り車椅子。
数分後、ある一角に吸い込まれるように着陸した。
そこだけジャングルがぽかんと不自然な形で口を開けていたからだ。
そして敷地の真ん中には。
一軒の家が建っていた。
それではまた…




