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林正徳

毎日22時更新します…

郊外にある二階建てコーポの二〇二号室。


玄関ドアのノブに紐を引っ掛けて林正徳(はやしまさのり)は首を吊っていた。

白髪混じりの中年男が上着のまま。

狭い部屋に足を前に投げ出す感じで。


意識はすぐに飛んで所謂(いわゆる)人生の走馬灯的なモノが脳内のスクリーンにて上映中。


赤ん坊の正徳。

祖父が乳母車を押して公園を散歩させている。

が、誤って乳母車ごと池に転落。

直ぐに飛び込む祖父。

救急車で運ばれて行く赤ん坊。


「あー、ハイハイ。初めて心臓止まったヤツね」


二歳の正徳。

やはり祖父と公園を散歩中、野良犬に襲われている。

首を噛まれて大量出血。

救急車。


「二回目だったなぁ。心臓止まったの」


高校卒業までは以下の通り。

交通事故四回。

火災に巻き込まれ二回。

クレーン車の下敷き一回。

食中毒一回。

抗争事件の巻き添え一回。

計八回死んでいる。


「全部で十回だっけか? 心肺停止アハハ」


高校を卒業後、バイトでコツコツとお金を貯めている。

一年後に岐阜から上京。

都内にある専門学校に入学して漫画シナリオの勉強を始める。


「この時は母ちゃんに泣いて反対されたっけ……」


教室で講師から作品のダメ出しを受けている。


『……君の書くシナリオは、つまらないんだよなぁ。頭の中、想像だけで完結してる。ただのオナニーだね』


ゲジゲジ眉に濃い髭剃り跡の面構えに反して。

精気のない、どこか弱々しい印象を与える目付き。


友達がいない。

恋人もいない。

半年でシナリオの学校は中退。

その後はバイトをしながら漫画原作者を目指す。


今年の師走に入ってすぐ、最愛の母が亡くなる。

そして今日。

段ボール製造のバイトから帰ると玄関で自殺した。


「いやぁ〜何もないよ私の人生。三十年以上出版社のコンテストに応募続けた事以外、何もなかった。もう、笑っちゃうね。母ちゃんが死んで生きてる意味なし!」


短時間で人生の振り返りを終えた正徳。

脳内のスクリーンが消えて暗幕が降りる。


目が覚めた。


「…………」


視界の定まらない正徳。


「……アレ? ここ、どこだ?」


モノが何重にもダブって見えている。

死んだのに老眼て進むのか? とも思ったが。


生きていた。

十回も死線を越えているから、こういった状況は慣れている。


しかし、どうも目の具合がおかしい。

ダブるというよりも違う風景が何十、いや何百と重なって見えている。

そう感じるのだ。


意識を目の焦点が合うように集中してみる。

すると奥の風景からどんどん視界の中心目掛けて飛んで行って、最後に一番手前の風景だけが残った。


「おぉ〜、視界が戻った……」


狭い玄関から台所と六畳間を眺めていた。

足を投げ出しドアノブで首を吊ったまま、だ。

彼は姿勢を立て直して紐をほどくと、ゆっくりと立ち上がってみた。

そして(しば)しフリーズする。


今度は色んな音や声が耳元で聞こえていたのだ。

少し方向を探る。

道路向こうの駐車場で車のキーを回す音がした。

その駐車場の角で丸まっている猫の鼻息まで聞こえる。


やはり意識を集中すると他の音は皆飛んで行って最後に台所の冷蔵庫音のみが残った。

ブーン……


臭いも同様だったが同じ操作をした。

角の信号を渡って来るコートを着たOL風の女性。

フローラル系フレグランスの臭いを少し追ってしまい思わず赤面。


ここまで来ると『触覚』は自身で確認を始めた。

五感が鋭くなったのだと理解。

きっかけは自殺だろう。


台所の床に手をついてみる。

下の階の一番端、一〇五号室のタンス裏を移動中の蜘蛛が止まった。

こっちを見上げた気がして焦る。

視線を集中させると目が合ってしまった。

八個もある。


つまらないシナリオしか書けない正徳だったが、この漫画的状況には驚く程順応出来ていた。


「コレが転生モンなら、いちいちステータスとか脳内に表示されるんだろうけどなぁ。いらねーしウザいからそんなモン」


流行を嫌い、我が道を行く中年デスペラード。

若い頃からスポーツ刈りでカッターシャツをGパンにインで通している。

髪に白いモノが混じってはいるものの体型だけは変わらない事が自慢だ。

誰も知らないが。


正徳は今、ある感情が沸き上がって来るのを抑えきれないでいた。

さっき自殺したばかりだが上京して三十五年目にしてようやく、起こったのだ。


漫画デビューではなかったが自分の人生で初めて。

面白い事が。


ざまあみろ。

それではまた…

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