それ
毎日22時更新します…
ミキナは『それ』の顔を思い出していた。
ベッドで仰向けになってマンションの白い天井に記憶を映しながら。
前にネットニュースで見た虫の画像。
電子顕微鏡で撮影されたそれらはどれもデザインの多様性とアイデアに富んでいて、自然界の造形美に驚かされたものだ。
前髪をぽんぽん叩くと彼女はつい今しがた見た夢を頭の中で反芻してみる。
奇妙に生々しい夢であった。
まるで、その場に居たかのような肌感覚。
ミキナはさっきまでジャングルに立っていた。
その鬱蒼とした原生林の匂いや温度、湿度もさることながら。
そこに『それ』が居たのだ。
少女の方を静かに見ている。
距離にして十メートル程先。
昆虫特有の外骨格に覆われた顔。
零れ落ちそうな程の大きな複眼。
機能的なデザインの口元。
何処か女性を思わせるフォルムの長い首は細く華奢な胴に続いており。
不自然な程長い手足が二本ずつ備わっている。
それは人型だった。
三メートルはあるだろうか。
十二頭身程の外骨格ボディの昆虫型巨人。
不思議と恐怖心はなかった。
ただ困った事に。
それはずっとこちらを見てくるのだ。
夢の中なのに展開は、ない。
体感にして四〜五分はその見合いが続く。
自分の方から動くしかない雰囲気に躊躇するミキナ。
彼女は内向的な性格というか『引きこもり』だったので少し悩んだあげく楽な手段を選んだ。
それをスルーして密林の反対方向に歩き出したのだ。 「追ってきたらどうしよ」とも思ったが杞憂に終わる。
それは微動だにせず、離れて行く少女をただずっと見ていただけだった……
「喉渇いたー」
ベッドから上半身だけ起こすミキナ。
黒のショートボブがパッサパサだ。
前髪を叩いて直す。
開け放つ窓からは七月の風。
カーテンが控え目に翻っている。
少し汗ばむものの日中でもエアコンは点けていない。
マンションの八階は下界より過ごしやすいのだ。
Tシャツに短パン。
ベッドの端に座り直してまたボーとするミキナ。
もう十七になってしまった自分の、太腿に目を落とす。若く弾力に富んだ肉の塊。
ちゃんと血が通っているらしい。
長年繰り返しているルーティン。
まず左脚を見る。
大丈夫。
そして右脚を見た。
太腿の真ん中辺りからいきなり脹脛になっている。
しかもその先にある足首は『逆向き』に付いていた。
見飽きた光景。
でも血は通っているらしい。
少し安心するミキナ。
台所までケンケンして跳んで行く。
冷蔵庫から麦茶のポットを出すと口をつけずにらっぱ飲みする。
ごっくごく、ごくん。
昼間は家族もいないので多少の行儀悪さは自分に許可しているし、ローテーションプラスティ用の義足も家では外している。
それが楽だし片足での移動は小さい頃から慣れっこだから。
右足を片膝つく姿勢になれば足底を地面につけた〝膝立ち歩行〟は出来るのだが。
彼女は絶対にやらない。
ケンケンで部屋に戻るとベッド横にある机に座る。
パソコンを立ち上げてペンタブを使ってしゃっ、しゃしゃ、と勢い良く線を引き始めたミキナ。
シンプルな青線のみで構築された『それ』を描き出していく。
仕上がったラフをじっ、と眺める。
気に入ったのか主線を丁寧に書き込むと色付け。
ものの三十分程で完成したイラストをプリントアウト。
ブイィーン……
仕上がった作品は背景こそ入っていないもののジャングルに佇んでいた、あの昆虫型巨人であった。
アニメタッチではあるが。
「色……もっとくすんだ青だった」
「結構体毛生えてたよなー」
「目、可愛かった」
脳内で一人反省会が始まると、すぐにパソコンに向き直り作業を再開する。
キャラに修正を加え、その勢いで背景に取りかかる。
といってもネット上で拾ってきたジャングルの画像を線描処理して取り込んだだけ。
彼女は背景が苦手なのだ。
「背景つまんね」とか「背景死ね」とか言いながらも最後まで仕上げるとイラスト観覧用のサイトにアップ。
そしてまた、寝た。
それではまた…




