質問
広大な宇宙に、ぽつねんと浮かぶ、月ほどの大きさの球体型宇宙ステーション。
外殻には無数の光が脈打ち、規則正しく瞬きを繰り返している。その中心部には、銀河系すべての叡智を結集して造られた巨大コンピューターが鎮座していた。
いや、このステーションそのものが、ひとつのコンピューターなのだ。人類はついに、最高のAIを完成させたのである。
制御室で、開発主任の男は硬い表情でマイクの前に立っていた。緊張を紛らわせるように咳払いし、主任はモニターに恭しく頭を下げた。
「えー、この映像をご覧になっている、宇宙中の皆様――」
このステーションは全宇宙のコンピューターネットワークに接続されている。ドラバンタ――エクラハタモウ星に棲む昆虫――の複眼をも凌駕する数のカメラが、主任の一挙手一投足を逃さず捉えていた。
主任は頬にじんわりと汗を浮かべ、昂ぶる気持ちを抑えきれず、かすかに震えながら演説した。そして――
「では、いよいよ起動したいと思います……」
主任は重々しい金属音を響かせながら、レバーを押し倒した。
その瞬間、核融合すら小さく思えるほどの莫大なエネルギーが、全域へ奔流のように広がった。荘厳な起動音がステーション内を震わせる。ついにAIが目覚めたのだ。
主任は息を呑み、ゆっくりと口を開いた。あらゆる知性・知識を超越し、高次元的知覚によって、どんな問いにも答えうる究極の叡知。宇宙の根源にまでアクセスできるその存在に、人類が初めて投げかける問いとは――。
「か、神は存在しますか? この宇宙を創造した神は、存在するのですか!?」
宇宙誕生以来、幾千の文明が繰り返し問うてきた、究極にして最大の謎である。最もふさわしい第一問だと、誰もが納得していた。全員が息を呑み、AIの返答を待つ――はずだった。だがAIは一瞬の間すら置かずに答えた。
『はい、います』
その場にいた全員が、ただ息を漏らした。モニター越しに中継を見ていた人々もまた、反射的に前のめりになった。
「ど、どこにいるのですか?」
主任は唇を震わせながら問い返した。その瞬間、『神はあなたの心の中にいる』――そんな陳腐な答えが脳裏をよぎり、不安が胸をかすめた。だが――。
『埼玉県川口市にいます』
「……さいたま?」
「どこだ、それは?」
「ネオサイタマ・アクレラジェーンシティなら、第五十三テラに存在するが……」
「五十三……ド田舎じゃないか。よく知ってたな」
「たしか、出身地でしたよね」
ざわめく科学者たちを主任が手で制し、再び訊ねる。
「それで……どんなお方なのですか?」
『フリーターです――と名乗ることで自尊心を保つ無職です。小説を書くのが趣味です。ですが、三流です。つまらないです。いちばんの趣味はオナニーです。さっきもしました。たまに白い雨が降るのは、彼が自慰するからです』
「なに? どういうことなの……?」
「失敗したのか……?」
『それは彼の両親に言うべきでしょう』
「み、みんな落ち着くんだ。ははは、ちょっと質問が難しすぎたんだ。まずはもっと単純な……そうだ、明日の天気でも聞こうじゃないか。ええと、ここから一番近い星は……」
『明日は来ません。彼が今、首を吊ったからです。まもなくこの世界は終わります。彼が死ねば終わるのです。終わりです。終わりです。終わりです』




