約束された奇跡
転生して最初の出会いは、決まって同じような季節――春の終わり。暖かい風が吹く、まだ制服が新しい頃だった。
その日も、お姉さんはあの姿で、あの軽い口調で現れた。
お姉さん「やぁ、少年。また背が伸びたんじゃないか?」
少年「はじめまして、ですよ?」
お姉さん「ふむ、今回はなかなか礼儀正しいようだ。及第点だね」
そう言いながら、少しだけにやけて、彼女は僕の頭をくしゃりと撫でた。
初対面のはずなのに、僕の方は何故か安心してしまう。触れられるその指先に、ほんの微かな懐かしさがあった。彼女が一歩、二歩と近づいてくるたびに、心がほどけていくような感覚。
お姉さん「何かあったら、またどこかで会おう。神出鬼没なのが、お姉さんの専売特許だからね」
その頃は、まだ知らなかった。この日常が、僕にとって何度目の「始まり」だったのかを。
お姉さん「君も大人になったな、少年。……あ、もう"青年"だったか?」
少年「でも、お姉さんはいつまでもそのままですね。ずるくないですか?」
酒のグラスを片手に、二人で乾杯した夜。僕の初めての酒は、妙に馴染んだ味だった。「飲み慣れてる」と冗談で言えば、「それ、反則ではないか?」とお姉さんが肩をすくめて笑う。
春には散歩、夏には北海道に避暑、秋には落ち葉を踏みながら談笑し、冬にはこたつで酒盛り。どこにでもありそうで、だけど世界にひとつしかない、そんな日常を繰り返す。
時には映画館でホラー映画を見て、お姉さんが小さく震えながら「まぁまぁだったな」と強がりを言うのを見て、僕は何も言わずに手を差し出した。そんな風に、何気ないことが何倍にも温かく感じられる。
そして、その繰り返しがいつしか「当たり前」になっていた。僕が成人するまで、二人でこうして日々を歩く。それが、一周。いや、一生。そう、何度目かの人生で、僕はまた、彼女と同じように笑っていた。
少年「それにしても、何度転生しても記憶が残ってるって奇跡ですよね?」
ふとした夜。月明かりだけが照らすベンチに、二人で腰かけていた。酒も回り、心がほどけた僕の口から出たのは、そんな冗談だった。
お姉さんは少しだけ黙っていた。何かを考えるように視線を逸らし、しばらくして口を開く。
お姉さん「……あのね、少年。いや、今回はもう"青年"と呼ぶべきかな。けれど、やっぱり君はいつまで経っても少年のままだ」
少年「何ですか、改まって。怖いですよ」
お姉さん「怖い話かもしれないよ。けど、君には知る権利がある。……私がね、この時間を『永遠に過ごしたい』じゃなくて、『繰り返したい』って願ってしまったんだ」
少年「……?」
お姉さん「願えば叶う。代わりに、代償も来る。君が記憶を引き継げるのは、そのおかげ。だけどね……代償として、君はどの人生でも三十五歳までしか生きられない。そういう形でしか、叶わなかった」
沈黙が流れる。夜風が、二人の間を抜けていく。
少年「……つまり、お姉さんのわがままに、僕は巻き込まれてるってことですか?」
お姉さん「……ああ、本当に、ごめん。何度も、何度も君に別れを見せて、また出会って……それでも私は、願わずにはいられなかった。もう一度、一緒に居たいって」
僕は目を伏せた。彼女の震える声に、胸が締め付けられる。
だけど、次の瞬間には、笑っていた。
少年「でも、歪んだ形で叶ったとしても、お姉さんと一緒に過ごせるのなら、僕はそれを楽しいと思いますよ」
彼女の肩が、ぴくりと震えた。
お姉さん「……本当に、君は」
少年「いつだって少年でしょ?」
ふたりで、小さく笑った。