何度目かの再会
――また会ったね、少年。
それはまるで、昨日別れた友人にふらりと再会したかのような自然さだった。 あいかわらずの神出鬼没。夕暮れ時の公園、鳩にパンを与えていた君の横に、私は気配もなく腰掛ける。
お姉さん「お姉さんはね、どうも鳩に懐かれない性質らしいのだよ」
唐突な一言に、少年は少しだけ首を傾げ、けれどどこか懐かしそうな目をしてこちらを見た。
少年「……あなたは、誰ですか?」
その言葉に、胸が少しだけ詰まる。
ああ、またか。 この繰り返しにはもう慣れていたはずなのに、心の奥の柔らかい部分がどうしようもなく波打つ。
お姉さん「私は、ただの通りすがりのお姉さんさ。たまたま君の隣が空いていただけだよ。運命ってやつかもしれないね」
少年「……変な人」
そう言って笑った。あどけない、けれど何処か聡明な笑み。 何度目だろう、この顔を見るのは。数えきれないほど繰り返してきた「出会い」。 けれど今回は、ひとつだけ違っていた。
お姉さん「君は、前の人生のことを……覚えているのか?」
そう尋ねると、少年はふっと表情を曇らせた。目を細め、ゆっくりと首を振る。
少年「全部じゃない。でも……なんとなく、あなたに会ったことがある気がするんです」
彼の声は少しだけ震えていた。記憶の奥底にこびりついた何かが、形にならないまま疼いているのだろう。
お姉さん「そうか……それは、それでいいんだよ」
私は微笑んだ。安堵にも似た切なさを含んで。
実は、私は知っている。少年はすべての記憶を持って生まれ変わる。 けれど――最初の一度目、あの“始まりの子”だった頃の記憶だけは、どうしても残らない。
なぜかはわからない。けれどそれはきっと、神様の最後の慈悲なのだろう。 一度だけあの絶望を忘れさせてくれるための。
あの時、私はその子を死なせてしまった。 救えなかった。だから私は、こうして“贖罪”として存在し続けている。
お姉さん「君は……これから、いろんなことを思い出すだろうね。つじつまの合わない夢や、既視感のような感覚。それはね、全部本物だよ」
少年「……あなた、やっぱりただの通りすがりじゃないですよね?」
お姉さん「さて、どうかな?」
またはぐらかす。 だけど今回は、胸の奥にほんの少しの祈りがあった。もしかしたら、今回は――
少年「名前、教えてくれませんか?」
そう言って、少年が手を差し出す。
一瞬、躊躇した。 私の名前は、罪の名だ。過去に一人を死なせ、永遠を引き受けた者の名。 けれど、手を取らない理由はなかった。
お姉さん「綾華。久保綾華。呼びにくければ……そうだな、“お姉さん”で構わないよ」
少年「綾華……お姉さん、ですね。……よろしくお願いします」
まるで初めて出会ったかのように、けれど確かに積み重ねられた再会。
今ここにいる少年は、過去の誰よりも「彼自身」だ。前世の積み重ねを背負い、けれどあの一番最初の痛みからだけは解き放たれている。
私はまた傍にいようと思った。何度でも、何世でも、変わらずに。
彼が35歳を迎えるまでに、できるだけの笑顔と、できるだけのぬくもりを。
そしていつか、その痛みすらも抱きしめられるような、そんな存在に、私はなれるのだろうか。
――答えは、まだわからない。
でもきっとそれでも、今はそれでいい。