第9話『忘れ形見の人形』
冷たい風が村を包むある日、老女ナタリアが涙ぐむ姿を晃志は見かけた。小さな布人形を胸に抱え、その手は震えていた。
「それは……?」
「……孫の、形見じゃと。雪の日に、落としてしもうて……脚も腕もとれてしもうた」
布の色はすっかり褪せ、縫い目もほつれている。それでも、それは確かに、愛され続けた人形の姿だった。
晃志は人形をそっと受け取ると、ぽつりと呟いた。
「壊れとってもよか。直せばよかと。――八女じゃ、ようあることたい」
彼は自分の作業場に人形を運び込むと、提灯づくりの技術を応用して修復を始めた。細い竹で骨組みを作り、布の裏には反射素材として貝殻の粉を練り込んだ和紙を仕込む。光沢のある草――“星の葉”と呼ばれるこの地の植物も混ぜ込み、柔らかな光を集める工夫を施す。
火を灯さずとも、わずかな月光や蝋燭の光を受けて、人形の胸元がほのかに光るようになっていた。
「火は使わん。けどな、夜に光って見えるっちゃ。人の手で作った“優しい灯り”ばい」
数日後、ナタリアの元に人形が戻った。胸元に、ぼんやりと浮かぶような光を宿して――まるで、孫の心がそこにいるかのようだった。
「まぁ……! この子が、笑っとる……!」
ナタリアの手が震え、目元から涙がひとすじ流れた。
「晃志さん……こん子は、ほんとに生き返ったようじゃ。ありがとう、ありがとう……」
村人たちが集まってきた。子どもたちが「これ、どうやって光るの?」と不思議そうに人形を覗き込む。
晃志は、笑って答える。
「光を集めとるとよ。貝の粉と、草の葉。……道具はなんでも、工夫しだいばい」
その言葉を聞いた村人たちは、静かにうなずいた。
ナタリアは、人形を抱いたまま微笑む。
「この子を抱くと、心があったこうなってくる……わしの中に、あの子の声が、また響いてくるようじゃ」
晃志は、火のそばで湯を沸かしながら、小さく呟いた。
「物は壊れる。けどな、心は……つなぐことができるばい。手ば動かせば、心も動くっちゃ」
その晩、村のあちこちで、手仕事の火が灯った。裁縫を始める者、昔の玩具を修理する者。誰もが、**“心をつなぐ手”**になっていった。
夜、エミリアがぽつりと呟く。
「灯りは、炎だけじゃないんですね。あなたが教えてくれたのは……人と人を結ぶ、やさしい光です」
晃志はただ静かに頷いた。手のひらには、あの人形の型紙がまだ残っていた。