第8話『矢となりて、風を裂け』
村の西の林から、獣のようなうなり声が響いたのは、霧の濃い朝だった。
「魔物じゃ……!」
斥候の男が血相を変えて戻ってきた。村人たちは道具を抱えて家に駆け込み、戸を閉める。
ここには兵も盾も、まともな武器もない。ただ怯え、震えるばかりだった。
晃志は静かに空を見上げていた。風の匂いをかぎ、枝のしなりを見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「……竹があるなら、矢が作れるばい」
彼の目に浮かんでいたのは、かつて八女で作られていた“矢羽根”。
狩りにも競技にも、時には戦にも用いられた、美しく、まっすぐ飛ぶ矢。
それを、今こそ――。
晃志は森に分け入り、太さも節の位置も理想的な竹を見極めて切り出した。
村の若者たちも無言で手伝い始める。
晃志は矢の芯を炙り、反りを見ながら少しずつ削っていく。
「“矢”ちゅうのは、ただ尖らせりゃええもんじゃなか。
まっすぐ飛ぶための“重さ”と“羽根”のバランスが大事とよ」
羽根には、雪で飛べずにいた渡り鳥の翼を、慎重に抜いて用いた。
矢尻は硬い木を焼き締めて整える。
そうして数日、十数本の矢が完成した。
「撃ってみるか?」
晃志が差し出した矢を手に取ったのは、村の狩人ラウル。
日焼けした頬に、戸惑いと興奮が混じっていた。
ラウルは一本の矢を弓に番え、的を見据えた。――放つ。
矢は空気を切り裂き、まっすぐに飛んだ。まるで風が後押ししたかのように。
「……こんなに真っ直ぐ飛ぶなんて……まるで、風に愛されとる」
ラウルが、息を呑んでつぶやいた。
そして夜――再び魔物が現れた。
森の中から現れたのは、異形の巨獣。咆哮に子どもが泣き、母が抱きしめる。
「逃げろ、森のほうへ!」
村人たちを避難させながら、ラウルが矢を放つ。
一本、二本、三本。
矢は獣の肩に突き刺さり、動きを鈍らせる。
最後の一本は、その眉間を貫いた。
静寂。
魔物は、大地に音を立てて崩れ落ちた。
村に、震えたままの静けさが訪れる。
晃志は、矢筒をそっと肩から外しながら、ぽつりとつぶやいた。
「……本当はな、人を活かすために、技術はあるっちゃけどな」
その言葉に、皆が静かにうなずいた。
“戦う”ための道具が、人を守り、人を救う。
それを生み出すのは、誰かを思う手と、心だった。