第5話『祭りの記憶』
冷たい夜風が吹く、満月の夜だった。
村の空は澄み渡り、星がぽつり、ぽつりと瞬いていた。晃志はひとり、焚き火の傍らで古びた道具袋を開き、柔らかくなった和紙と、削り出した竹を見つめていた。
その手がふと止まる。
「……八女の提灯まつり、か」
晃志は目を細める。夜空の下、川沿いに千を越える提灯が灯り、赤子から年寄りまで、誰もが笑っていたあの光景。かすかな太鼓の音。笑い声。浴衣の袖が揺れる光景――。
「こん村にも、祭りがあったら、きっと皆が笑うばい」
ぽつりと呟いたその声を、通りがかりの青年が聞いていた。
「……祭り、ですか」
「ああ。光を囲むだけで、人の顔は変わるとぞ。笑顔になる。それが“祭り”っちゅうもんやけん」
しかし、村人たちはうつむいた。
「今の私たちに、そんな余裕はありません……」
「祭りよりも、冬を越す準備が先です」
そう、今の村には火も、食も、すべてが足りない。それでも晃志は、何も言わずに山を歩き、竹を切り、火を焚き、十個の小さな提灯を作った。
その夜――。
村の古道に、ひっそりと並んだ十の提灯。川沿いにぽつんぽつんと置かれた灯りは、まるで空から落ちた星たちのように、優しく足元を照らしていた。
「……うわぁ、きれい……!」
「なにこれ! 歩いてみたい!」
駆け寄った子どもたちが、はだしで小道を走り出す。オレンジ色の光が足元を照らし、笑い声が夜に弾けた。
「こら、ティオ! リナ! 危ないぞ!」
そう言いながらも、青年たちも歩き出す。老女がそっと夫の手を取り、小さな光の道を進む。母が赤子を抱きながら、ほほえむ。
村人たちが、誰に言われるでもなく、静かにその“灯りの道”を歩いていく。
その光景を少し離れた丘の上から見つめていたエミリアが、そっとつぶやいた。
「……これが、祭りのはじまりになるかもしれませんね」
晃志は、どこか遠い目で夜空を仰いだ。満天の星。その下に、小さな星のような提灯の列。
――八女のまつりも、こんな風に始まったんやな。
焚き火の光が、彼の横顔をゆらめかせる。
「八女の灯りよ……おいは今、異世界でまた……人の心ば照らしちょるよ」
彼の声は、風に溶けて空へと昇っていった。