表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

第5話『祭りの記憶』

冷たい夜風が吹く、満月の夜だった。


村の空は澄み渡り、星がぽつり、ぽつりと瞬いていた。晃志はひとり、焚き火の傍らで古びた道具袋を開き、柔らかくなった和紙と、削り出した竹を見つめていた。


その手がふと止まる。


「……八女の提灯まつり、か」


晃志は目を細める。夜空の下、川沿いに千を越える提灯が灯り、赤子から年寄りまで、誰もが笑っていたあの光景。かすかな太鼓の音。笑い声。浴衣の袖が揺れる光景――。


「こん村にも、祭りがあったら、きっと皆が笑うばい」


ぽつりと呟いたその声を、通りがかりの青年が聞いていた。


「……祭り、ですか」


「ああ。光を囲むだけで、人の顔は変わるとぞ。笑顔になる。それが“祭り”っちゅうもんやけん」


しかし、村人たちはうつむいた。


「今の私たちに、そんな余裕はありません……」


「祭りよりも、冬を越す準備が先です」


そう、今の村には火も、食も、すべてが足りない。それでも晃志は、何も言わずに山を歩き、竹を切り、火を焚き、十個の小さな提灯を作った。


その夜――。


村の古道に、ひっそりと並んだ十の提灯。川沿いにぽつんぽつんと置かれた灯りは、まるで空から落ちた星たちのように、優しく足元を照らしていた。


「……うわぁ、きれい……!」


「なにこれ! 歩いてみたい!」


駆け寄った子どもたちが、はだしで小道を走り出す。オレンジ色の光が足元を照らし、笑い声が夜に弾けた。


「こら、ティオ! リナ! 危ないぞ!」


そう言いながらも、青年たちも歩き出す。老女がそっと夫の手を取り、小さな光の道を進む。母が赤子を抱きながら、ほほえむ。


村人たちが、誰に言われるでもなく、静かにその“灯りの道”を歩いていく。


その光景を少し離れた丘の上から見つめていたエミリアが、そっとつぶやいた。


「……これが、祭りのはじまりになるかもしれませんね」


晃志は、どこか遠い目で夜空を仰いだ。満天の星。その下に、小さな星のような提灯の列。


――八女のまつりも、こんな風に始まったんやな。


焚き火の光が、彼の横顔をゆらめかせる。


「八女の灯りよ……おいは今、異世界でまた……人の心ば照らしちょるよ」


彼の声は、風に溶けて空へと昇っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ