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第4話『お茶の香りと、冬の風』

冬の気配が、山の背から村を撫でるように降りてきた。


朝晩の空気は冷たく、吐いた息が白くなる。畑も乾き、子どもたちの顔には赤みがさし、咳き込む声があちこちから聞こえていた。


「ティオ、今日はもう休みなさい。リナも……」


エミリアが心配そうに声をかけても、子どもたちは唇を青くしながら首を振った。


「寒いけど……遊びたいもん」


「でも、喉が痛くて……」


その様子を見ていた晃志は、静かに山へ向かった。


彼の足が向かったのは、風の通り道にある小さな丘。その斜面に、見慣れた葉の形を見つけた。


「……やはり、茶の木ばい」


異世界とはいえ、植物の姿かたちは似通っていた。八女の山にあった野生の茶の木――それに酷似したその葉を、晃志は手に取る。


「形、香り、厚み……少し癖はあるが、いけるかもしれん」


村に戻った晃志は、竹で編んだ篩を使い、採った葉を丁寧に揉み、干し、鍋で軽く焙煎した。


かつて八女で見た祖父の手さばきを、指先の記憶がたどっていく。


「火を弱めすぎると香りが出ん。強すぎると焦げる。……焙煎は、音ば聞け。葉が“鳴く”瞬間を逃さんとばい」


ふわり、と湯気とともに立ち上る香りは、どこか懐かしく、そして力強かった。


エミリアが目を丸くした。


「……なんだか、森の奥にいるみたいな匂いですね」


「八女の茶は、“香りの力”が命やけん。飲めば身体が芯から温もる……そう信じて、作ってきたとばい」


最初は子どもたちも顔をしかめた。


「にが……い……」


「なんか草っぽい……」


だが次第に、「ぽかぽかする」「喉がすっきりする」と評判になり、村の人々は次々と口にするようになった。


数日後の朝。霜の降りる小道を、二人の子どもが駆けていく。


「ティオ! 待ってよー!」


「リナも早く!」


元気に笑いながら走るその姿に、エミリアが目を潤ませる。


「……この子たちにとって、あなたは“火”じゃなく“灯り”ですね。安心できる、あたたかさ」


晃志は焙煎の工程を、村の女性たちに教え始めた。


「“見た目”じゃなく、“香り”を見ろ。焙煎は鼻と耳でやるもんばい」


彼の言葉に真剣な眼差しでうなずく女性たち。


ユラという若い母親は、笑いながら言った。


「このお茶、村の名前をつけたいな。ランダ村の“和み茶”とか」


晃志は少し照れたように笑いながら答える。


「じゃが……本当は“八女茶”と呼びたかったばい、おいの故郷の、誇りの名やけん」


その夜。提灯の灯りの下、村人たちはお茶をすすりながら、笑い合っていた。


寒い夜だったが、そこにはあたたかな“風”が吹いていた。焙じた葉の香りと、心を包むようなぬくもりが、確かにそこにあった。

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