第2話『一灯、心にともる』
提灯に灯された火は、夜の村にぽつりと浮かび、まるで長い闇の中に差し込んだ星のようだった。
翌朝、晃志は竹林に向かっていた。昨日の一灯だけでは終われない。もっと灯りが必要だ。もっと、人の心に火をともすものを――。
八女で何百本と竹を削ってきた手は、異世界でも迷わない。鋸の代わりに手斧を使い、指先で節のしなりを確かめながら骨組みを作っていく。
問題は紙だった。村に和紙などない。だが、村の南に生える“ラカの葉”という大きな葉の繊維が乾くと、紙のように薄くなり、火にも強いと知る。干して揉み、編んで、張る。
エミリアは、相変わらず半信半疑で見ていた。
「……そんなもので、本当に提灯が?」
「火を入れてみればわかるけん」
数日かけて十本の提灯が完成した。夜、晃志はそれらを村の広場に立てていった。丸い光がふたつ、みっつ……次第に村の子どもたちが集まり、大人たちも戸口からのぞくようにしてやってくる。
焚き火は怖い。火災も、獣も、襲撃者も、すべて火に紐づいてきたこの地で、人々の心は火を「忌むもの」としてきた。
だが。
「こわく……ない」
「ぬくいね、これ」
「こっちの提灯、葉っぱの模様が浮かんどる」
晃志が葉の繊維に透かし彫りを入れていたのだ。火を灯すと、まるで影絵のように、静かな風景が浮かび上がる。
誰かが笑った。小さく、ぽろりと。
次第に言葉が生まれ、笑いが混じり、子どもたちは走り回り、大人たちは腰を下ろして話し始めた。
晃志はその輪の外で、静かに火の加減を見守っていた。
そこへ、杖をついた老人が近づいてくる。
「これほどの灯り……火事にならんのか?」
「紙と竹は選んであるけん。空気の流れも計算しちょる。燃えすぎず、消えすぎず、ちょうどよく――そこに技術があるんです」
老人は目を細め、光を見つめた。
「昔、わしらは……暗いなかこうして、夜に話しておったんじゃ。灯りがあれば、心も開けるのになと言いながら……」
その声が震えていたことに、晃志は気づいた。
「灯りは、ただ明るくするだけじゃない。人と人を、つなぐもんです」
火は危ない。だが、それでも人は火を使って生きてきた。火のそばに心を置いてきた。それが、人の暮らしというものだった。
夜が更けても、村は広場にとどまり、誰も帰ろうとしなかった。人々の中に、灯りの記憶が少しずつ刻まれていくようだった。
翌朝、村長が晃志を呼び止めた。
「柿原どの。あなたがもたらしたこの灯りは、村にとって大きな価値を持つと分かりました」
晃志は静かにうなずいた。
「なら、この技術を村の者に教えてくれませんか。あなたに、仮の住まいを用意します。長く、この村にいてほしい」
返す言葉がなかった。あの八女の工房では、誰にも必要とされなかった自分の技が――ここで、求められている。
「……わかりました。おいの知るすべてを伝えましょう。灯りと、心をつなぐ技術を」
その夜、晃志のために立てられた仮の家に、一本の提灯が吊るされた。ふと見上げた夜空には、満天の星――そして、村のあちこちに灯った小さな明かりたちが、まるで地上の星のようにまたたいていた。