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第1話『灯のない世界で』

福岡県八女市のはずれ、古びた工房に、かすかな光が揺れていた。


「……これで、最後か」


柿原晃志かきはら・こうじは、ふうと息を吐き、手にした提灯をそっと見つめた。手すきの和紙に、丁寧に描かれた桜の花。竹の骨組みにも、ほこり一つ残さぬよう心を込めて作り上げた。それでも、誰にも届くことのない一本だ。


注文は、もう半年もない。時代はLEDと量産品。伝統の灯りに、もう居場所はない。


「せめてこん灯りが、誰かん道ば照らしてくれたらのぅ……」


晃志はそうつぶやくと、火を灯した。提灯の中で、ろうそくの炎が静かに揺れた瞬間――世界が、白く弾けた。



気がつけば、晃志は見知らぬ森の中にいた。冷たい風が吹きつける。竹がしなり、月もない空が頭上に広がっている。


「……ここは?」


立ち上がると、腰に提灯職人の道具袋がそのまま残っていることに気づいた。ノミ、小刀、巻き尺、細工筆……使い慣れた相棒たち。まるで夢の中のような奇妙な安心感が、胸に広がった。


森を抜けた先、小さな村があった。家々は木造で、ひとつとして灯りがともっていない。夜なのに、すべてが闇に沈んでいる。


「火が……ない?」


と、そのとき。村の少女がこちらに気づき、叫び声を上げた。


「誰っ!? 魔物じゃないよね!?」

「変な服着てる! よそ者だ!」


人々が集まり、警戒の目を向けてくる。年若い娘――後にエミリアと名乗る者が、晃志の前に立ちふさがった。


「あなた、どこから来たの? ここは“ランダ村”。こんな辺境に旅人なんて、ありえない……」


晃志は名を名乗り、「迷い込んだ」とだけ答えた。だが人々の目は冷たく、疑念と不安の色に満ちていた。


夜の村は、不思議なほど静かだった。灯りがなければ、音も気配もなくなるのか――晃志はふと、そう思った。


「……火が怖いんだな、この村は」


焚き火も、松明も、家の中にも明かりはなかった。


晃志は村のはずれで、竹林を見つける。手に取ると、まさに八女の竹に似たしなりと香りがある。気づけば、体が勝手に動いていた。


竹を削り、骨組みを組み、草の繊維を紙代わりに張る。村人が見守る中、晃志は静かに提灯を仕上げた。


「こんなもんで、通じるかどうか……」


息を整え、火を灯す。炎が広がり、草紙の内側にほのかな模様を映し出した。


その光景に、ひとりの幼い少年がぽつりとつぶやいた。


「……きれい。夜に、こんなに明るいの、初めて見た」


誰かが息をのんだ。少女が目を丸くし、村の老人が杖をついて近づいてくる。


「それは……火か? けれど、熱くない……燃え広がらぬ……なんとやさしい光じゃ……」


晃志は言った。


「これは“提灯”というもんばい。おいん村では、夜道を照らしたり、祭りで灯したり……心を、ほっとあたためるもんやった」


そのとき、村人たちの顔に――ほんのわずかだが、“安心”という名の火が灯った。


「……火が、怖いものじゃない?」


エミリアが、つぶやくように言った。


晃志は、初めて笑った。


「火は、怖か。だけんど……使い方ば知れば、希望にもなる。灯りは、人の暮らしを支えてきたんばい」


その夜、村の中央には一本の提灯が灯り、皆がその周りに立ち尽くしていた。言葉も出せずに、ただ、揺れる光を見つめていた。


それは、この村にとって――**初めての“灯りの記憶”**だった。

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