8.初めての戦闘
どれくらい歩いたのか。木立がまばらになったところで、何度目かの休憩を取る。今のところ、獣や魔物の影は見えない。
「楽勝だね〜」
ついさっきまで怯えていたはずのキャサリンが、にこにこと笑顔を見せた。
「油断は禁物よ。まだ森の奥には辿り着いていないんだから」
エンジェルが地図を広げて険しい表情を浮かべる。このペースでは、今日中に目的地まで到達するのは難しそうだった。
その時、エリオットがぴくりと鼻を動かし、声を上げる。
「……獣の匂いがする!」
一斉に立ち上がる四人。次の瞬間、背の高い草むらが不穏に揺れた。そこから、彼らの体ほどもあるクマが姿を現し、唸り声とともに睨みつけてくる。
「来たわよ!」
エンジェルがすかさず火の魔法を放ち、エリオットの矢がそれに続く。クマが怯んだ一瞬の隙を突き、テオドールが斬りかかった。
「え、えっと……私は何をすれば……」
右往左往するキャサリンに、エンジェルが鋭く叫ぶ。
「持ってきたアイテムを使いなさい! 錬金術師でしょ!」
「あ、あった! 煙玉ね!」
キャサリンは鞄から丸い球体を取り出し、導火線に火を点ける。そして、勢いよくクマに向かって投げた――
――直後、乾いた爆音が鳴り響いた。
「バカ! 刺激してどうするのよ!」
「ご、ごめんっ、爆弾だった……」
幸いにも爆音に驚いたクマは、そのまま草むらの中へ退散していった。四人はホッと息をつく。
「みんな、ケガは……?」
エンジェルが周囲を見渡す。キャサリンもエリオットも無事だった。だが――
「……テオドール、後ろ!」
キャサリンが叫んだ。
気づけば、いつの間に現れたのか、異形の魔物がテオドールの背後に立っていた。巨大な単眼がぎょろりと動く。
テオドールは咄嗟のことに体が固まり、逃れることができない。
「そうはさせるかっ!」
エリオットが矢をつがえ、思いきり引き絞った。それはぎりぎりテオドールの頬をかすめ、魔物の目を正確に射抜く。
「ギャァァァッ!」
魔物は断末魔を上げながら、奥の茂みに姿を消した。
「大丈夫か!」
駆け寄ったエリオットに、テオドールは一瞬呆然とした表情を見せた後、震えながら身を寄せた。恐怖が遅れてやってきたのだろう。エリオットはその大きな体を、そっと抱くように支える。
「やだ、血が出てるじゃない」
テオドールの頬には、かすった矢による細い傷があり、赤く滲んでいた。エンジェルがそっと手のひらを当てると、淡い光が傷口を包み、すぐに血は止まった。
「……魔法使いなのに、回復もできるんだな」
エリオットが感心する。
「伊達に僧侶をやってたわけじゃないからね」
エンジェルは鼻を鳴らして、どこか得意げに微笑む。
男たちが笑い合う輪の外で、キャサリンはしょんぼりと肩を落とした。
「……私の心配も、ちょっとくらいしてくれてもいいんですけど?」
ポツリと呟いた言葉が、木々のざわめきにかき消されていった。