6.エンジェルはかく語りき
キャサリン、エンジェル、テオドール、エリオットの四人は、酒が入ったジョッキを片手に、マスター自慢の料理を摘まみながら、和気あいあいと会話していた。
いや、厳密に言えばキャサリンがイケメンを前にして一人で盛り上がっているだけで、エンジェルが相槌を打ち、他の二人は話を聞いていない。なのに、どちらかが口を開くと、嬉しそうに微笑む。
(これはキャサリン、しくじったわね)
とエンジェルが気づいても時すでに遅し。今さらそんな理由で断れるはずもなかった。
「アタシたちの自己紹介は終わったから、アンタたちのことも教えてくださる?」
そうエンジェルに促されて、テオドールとエリオットは互いに顔を見合わせる。まずは積極的なエリオットが自己紹介した。
「オレは弓使いさ。好き勝手に動くのが性に合ってて、束縛されるのは大嫌い……いや、まぁ、相手によるかもな?」
「私は剣士だ。かつて領主の傭兵をしていた。窮屈な規則や命令は苦手でね――今は風のように自由に生きているつもりだ」
とテオドールが続ける。キャサリンは二人をじっと見つめて
「二人とも自由人なのね!」
と大発見をしたかのように大げさに驚いてみせた。二人はお互いの顔を見て、照れ臭そうに笑う。その様子をエンジェルだけが複雑な表情で見ていた。
ふと、エリオットはそんなエンジェルに顔を向ける。
「でも、エンジェルさんにはかなわないっすよ」
「え、アタシ?」
「オレたちがうらやましくなるくらい自由ですよね」
エリオットは“オレたち”という言葉に力を入れた。エンジェルは気にも留めないふりをして
「アタシが自由なのは、この子のおかげよ」
とキャサリンを指差す。
「えー、私?」
「そう、アンタがアタシにけしかけたおかげで、こうして自由に振る舞えるのよ」
キャサリンはポカーンと口を開けている。
「まさか覚えてないなんて言わないわよね?」
「……ごめん、覚えてないなぁ。ヘヘヘ」
「ヒドイわ。アタシにとっては人生の大きな決断だったのに」
「きっと酔ってるせいだよ。素面なら大丈夫」
“絶対に大丈夫じゃないわね”と思いつつ、エンジェルは静かに語り出した。
「アタシはかつて僧侶だったの」
テオドールとエリオットから驚きの声が上がる。
「うちは代々教会に仕えていた家系でね。両親は私も当然そうなるものだと期待をこめて“エンジェル”と名付けたの」
「じゃあ、どうして今は真逆の魔法使いなんだい?」
珍しく寡黙なテオドールが疑問を口にした。
「そりゃ、男が好きだからよ。ほら、教会って男女の愛が“当たり前”って価値観じゃない? 男は女を愛して、結婚して、家族を作って――そんなのまっぴらだったわ」
そこでエンジェルはキャサリンを見る。酔いが回ってきたのか、へべれけになっているようだった。
「悩んでいたアタシにこの子が言ってくれたの。“素直になりなよ。嘘をつき続けると辛いよ”って。それで吹っ切れたわ」
エリオットは目を伏せ、口元をきゅっと結ぶ。テオドールは手元のジョッキを見つめたまま、小さく息を吐いた。
「もちろん、素直になった結果、教会からは破門されたし、家から追い出されたし、散々だったけどね」
エンジェルは酒をグビッと飲み干す。
「でも、いいのよ。今は幸せだから」
テオドールとエリオットはそれっきり黙ってしまった。キャサリンもすっかり酔いつぶれて呂律が回らない。
「あら、しんみりしちゃったわね」
「いいんですよ。聞いたのは私たちですから」
テオドールは済まなそうに謝る。
「それに比べたら、オレはまだまだ覚悟が足りないなぁ」
そう言って、エリオットはテオドールに同意を求める。テオドールは戸惑いながらも頷き返した。
「アンタたちも素直にならなきゃね」
エンジェルは、上目遣いに悪戯っぽく微笑む。途端にテオドールとエリオットは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「気づいていたんですか?」
「アタシの目が節穴だと思って? 男を見る目には自信があるのよ」
エンジェルはクスクス笑う。二人が何も言えずにいるのを見て
「まぁ、この冒険の依頼主でリーダーは、あくまでもキャサリンなんだから、チヤホヤしなきゃダメよ。この子、いざという時は頼りがいがあるんだから」
と続けた。二人とも困った顔をしているが、そんなことはエンジェルの知ったことではない。
「さぁ、帰るわよ」
そう言ってキャサリンを揺するが、「え〜、まだイケメン眺めてたいの〜」とテーブルに突っ伏したまま。テオドールとエリオットも、それぞれ自分の財布の中身を見て微妙な顔をする。
エンジェルは、ふーっと長いため息をついた後
「まったく、しょうがないわね……今日はアタシが奢ってあげる」
と言いながら、勘定をセレスティーナに頼んだ。
三人がかりでキャサリンを工房まで運び、テオドールとエリオットは、それぞれ自分の家へと帰っていった。それを見送りながら、エンジェルがポツリと呟く。
「さて……これから先、面白くなりそうね」
空には十三夜の月が輝いていた。