12.泣いてもいいんだよ
結局、ユリウスはレクサスによって無罪放免となった。ネトラーネの方針は相変わらずだが、少なくともユリウスを責める者は誰もいなかった。
キャサリンたちは灯台のある防波堤で旅立ちの準備をする。問題が解決した以上、ネトラーネに居続ける理由は無かった。
エンジェル、テオドール、エリオットの三人が準備を終える中で、キャサリンだけが遠くを見つめていた。視線の先にはミュリエルとユリウスがいる。
何を話しているかまでは聞こえない。それでも、二人の笑い声が風に乗って届くと、キャサリンの胸がきゅうっと締めつけられた。
(ああ……やっぱり、私のことなんて最初から眼中に無かったんだ……)
本当はずっと分かっていた。あのキスは、一瞬の嘘。それでも信じたかった。夢を見たかった。
そっと涙を拭うキャサリンの後ろから、エンジェルが気づかぬふりで肩を抱いた。
「大丈夫よ。世間にはまだまだイケメンがいるわ」
キャサリンがこくりと頷く。テオドールとエリオットも寄り添った。
「片想いって、つらいよな。でも……想った分だけ、人は優しくなれるんだ」
「いっぱい泣いて、また笑えばいい。オレたちは、ずっと一緒だからさ」
再び振り向いた時のキャサリンは満面の笑みを浮かべていた。精一杯の強がりに三人の胸が痛む。
「みんな、大好きだよ!」
気づけば四人で泣いていた。それぞれが誤魔化すように誰かを冷やかそうとするが、涙が止まらない。キャサリンはあらためて「仲間っていいなぁ」と思うのだった。
*
ノズルクへ向かう馬車の中で、四人は言葉も交わさず、黙ったままでいた。テオドールとエリオットは肩を寄せ合って眠っている。キャサリンは懲りもせず、窓の外を眺めていた。エンジェルはそんなキャサリンを優しく見守る。
「ねぇ、どうしてミュリエルさんは、石板に書かれていた名前を“ユルゲン”に変えたのかな?」
「レクサスを守りたかったのよ。彼の地位とか名誉とか。だから、ユルゲンの過去もでっち上げたんでしょ」
「え? あれも嘘なの?」
「そうよ。そんな何百年も昔に花と戯れていたり、音楽を愛していたりしたなんて、知る由もないじゃない。あれだってレクサスの過去だと思うわ」
エンジェルの洞察力にキャサリンは感心する。
「どうして、そこまでしてレクサスを守りたかったのかな」
「そりゃ、もちろん……まだ愛しているからじゃない?」
キャサリンの脳裏に、仲睦まじく寄り添っていたユリウスとミュリエルの姿が蘇る。
「あの二人、幸せになれるといいね」
「アンタもね」
何故だか分からないが、二人とも自然に笑いがこぼれた。
「恋愛なんて一筋縄じゃいかないのよ。この二人がうらやましいくらいだわ」
そう言って、エンジェルはテオドールとエリオットを指差す。
「エンジェルも“推し”さんと結ばれると良いね」
「いいのよ。アタシは遠くから見ているだけで幸せだわ」
「今頃、風鳴亭でくしゃみしてたりして」
「じゃあ、確かめに行くわよ!」
俄然、元気になったエンジェルを見て、キャサリンはもう一度笑った。




