11.裁かれる真実と過去
朝靄がまだうっすらと漂う頃。ネトラーネの広場は群衆であふれかえっていた。中央に縄で縛られたユリウスが裸足で立たされる。目隠しをされ、口にはさるぐつわを咬まされていた。
「静粛に!」
裁判長らしき男が小槌を鳴らす。ざわついていた広場が静寂に包まれた。誰もが息を殺して裁判の行方を見守る。
「ユリウス・ヴィネルト。同性愛者であることを公言し、町長に対する不敬および反逆の意志あり」
罪状を読み上げる無機質な声が響く中、レクサスは一段高い席に座って目を伏せていた。しばらく形ばかりのやり取りに耳を傾けていたが、意を決したように立ち上がると
「被告を斬首刑とする。直ちに執行せよ」
と高らかに宣言した。広場にどよめきが走る。
「――!」
ユリウスが身じろぎして、何か叫ぼうとする。しかし、体は衛兵たちによって取り押さえられ、叫びは声にならなかった。ただ、目隠しから涙があふれているのを群衆たちは目撃するだけだった。
こんな時でも「同性愛反対!」とシュプレヒコールが起こる。その声は次第に大きくなってきた。同調しないと周りから何を言われるか分からない。そんな雰囲気だった。
その時。
「お待ちなさい!」
風を切るように、キャサリンの声が響いた。仲間たちと群衆をかき分け、壇上へと駆け上がる。すぐに衛兵たちが取り囲んだ。エンジェルはいつでも魔法を繰り出せるように、テオドールは剣を、エリオットは弓を構える。
「何の真似だ!?」
レクサスが怒声を放つ。ミュリエルが一歩前に出た。
「町長および、ここにいる群衆に伝えたい」
群衆たちが静まり返る。
「あの石板には、古の男同士の誓いが刻まれていた。性別も、血筋も、立場も超えて――ただ愛するという、その想いが」
ミュリエルの言葉に、群衆が再びざわめき始める。それをレクサスが「鎮まれ!」と杖を鳴らして制した。
「そこに刻まれていた名前は“ユルゲン・ヴィネルト”。ネトラーネの始祖だ」
キャサリンが驚いてミュリエルを見る。他の三人も呆気に取られていた。レクサスは平静を装っているが、瞬きを繰り返したり、貧乏ゆすりをしたりするなど、落ち着きがないように見えた。
「僕の研究によると、ユルゲン・ヴィネルトは花と戯れ、音楽を愛する少年だった。しかし、彼は漁師となり、男社会で生きることになった。力や勇ましさがすべての価値を決めるような場所で、自分の居場所を確保するには“強い男”を演じるしかなかった」
ミュリエルは一息つくと、まっすぐにレクサスを見つめた。
「ユルゲンが同性愛を反対したのは、そんな気持ちの裏返しだ。自分が先頭を切って反対することで疑いの目をそらせるし、仲間にも入れてもらえる。ある意味、哀れな人だ」
レクサスが杖を鳴らす。
「黙れ! これ以上、我が始祖を侮辱するなら斬るぞ」
キャサリンたちを取り囲んでいた衛兵たちが、鞘から剣を抜き取る。その輪は幾重にもなり、到底、一行が太刀打ちできる人数ではない。それでもミュリエルは落ち着き払って続けた。
「レクサス。貴方ならユルゲンの気持ちも、ユリウスの気持ちも分かるはずだ」
「うるさい、うるさい!」
レクサスは近くにいた衛兵の剣を奪い取り、ユリウスの首に宛がった。周囲の空気が凍りつく。誰もが次の瞬間を予測できず、ただ息を呑んで見守っていた。
「これを飲ませなきゃ!」
キャサリンは、かばんから“素直に想いを伝えられる薬”を取り出す。けれども、ミュリエルがやんわりと止めて首を横に振った。
「キャサリン、レクサスがどうするか、自分の意思で決めさせなければいけない」
ミュリエルの目は、レクサスの中にいる“若い日の彼”を見つめていた。
「ユルゲンは、かつて愛する者と共にこの町を築こうと誓いました。しかし、その誓いは語り継がれることもなかった」
群衆の耳が、ミュリエルの言葉に引き寄せられる。
「なぜなら、その愛は“強い男の町”には似つかわしくなかったからです。だから彼は、自分の愛を石板だけに刻み、封印した。つまり彼は、どこかで誰かに、自分の本当の想いを伝えたかったのです」
ミュリエルは、ゆっくりとレクサスを見た。まるで“貴方もそうではなかったか”と語りかけるように。
「貴方は今、二人の命を死に追いやろうとしています。一人は、かつて誓いを交わした誰かを忘れたくないと願った者。もう一人は、ただ“自分を隠さずに生きたい”と願った若者です」
そして、語尾を静かに落とす。
「どうか、始祖の意思に恥じない裁きを――」
レクサスの腕が震える。目を伏せ、唇を噛むと、ついに剣を取り落とした。金属音が静寂を切り裂く。
「私は……おまえが自由に生きようとするのが怖かったのだ!」
嗚咽のように、絞り出される声。レクサスはその場に膝をつき、両手で顔を覆った。
衛兵の誰もが身動きを取れない中で、キャサリンたちはユリウスに駆け寄り、目隠しやさるぐつわ、体を縛っていた縄を外す。自由になったユリウスは、レクサスに近づいた。身を屈めて、そっと肩に手を乗せる。
「父さん……ありがとう。そして、ごめんなさい」
レクサスはがっしりと息子を抱きしめる。その目からは涙があふれていた。ユリウスも泣きながら体を震わせている。
「さすがですね。ミュリエルさん。咄嗟にあんな嘘をつけるなんて」
エンジェルが意味ありげにウインクしてみせる。
「大したことじゃないさ。伝えたいことを口にしただけだよ」
そう言ってミュリエルはかすかに笑う。広場には父と息子の泣き声だけが響いていた。




