3.キャサリン、冒険に出なさい
サファイアは落ち着き払って椅子に座り、エンジェルが淹れたお茶に口をつける。その向かいでキャサリンは申し訳なさそうに体を縮めていた。
「別に、私はむやみに怒っているのではありません。あなたを落ちこぼれにしたくないから、あえて厳しくしているのです。分かりますか?」
「ごもっともです……」
「そろそろ、あなたには冒険に出てもらわなければいけませんね」
「冒険?」
サファイアの唐突な提案に、キャサリンは思わず身を乗り出していた。
「誰かの依頼を引き受けて、ノズルクの外へ冒険に行くのです」
「でも、それって冒険者の仕事じゃ……」
「キャサリン・グレイスウッド!」
「は、はい……」
サファイアの厳しい声が飛ぶ。
「いいですか。錬金術とは実践の学問です。机の上で覚えた知識だけでは、何一つ役に立ちません」
「でも、私……ノズルクの外に出るのは、まだちょっと怖いというか……」
「だからこそ、です。あえて不安を乗り越え、自分の力で考え、選び、行動する。そうして初めて、あなたの調合にも“魂”が宿るようになるのですよ」
「魂……」
なんだかスケールの大きな話になってきて、キャサリンは眩暈がしてきた。
「このノズルクにもあなたにぴったりの“初心者向けの依頼”がいくつか来ています。難易度も低めで、報酬はそれなり。そして何より、あなたにしか向かない案件もあるのです」
「つまり、今が冒険に出るチャンスってことよねぇ」
エンジェルが口を挟む。
「そうです。現場での経験を積むのが、あなたの成長に何より必要なのです。キャサリン、覚悟を決めなさい」
どうやら、キャサリンに拒否権は無いらしい。戸惑いながらも、キャサリンはエンジェルに視線を向けた。
「一緒に行ってくれるよね……?」
「もう仕方ないわね。アタシも刺激が欲しかったところだし、付き合ってあげてもいいわよ」
「やったー! だから大好き」
そう言って、キャサリンはエンジェルに抱きつく。それを見て、サファイアは咳込んだ。
「そうと決まったら、さっそく依頼主のところへ行ってもらいましょうか」
「依頼主って、もう決まっているのですか?」
「ええ、こちらをごらんなさい」
サファイアがテーブルに広げた依頼書を、キャサリンとエンジェルは覗き込む。ずっと引き受けてくれる冒険者が見つからなかったのか、ところどころ色あせている。
「年季入ってるわね、これ……もしかして、アタシたちが最後の希望?」
エンジェルが顔を顰めた。キャサリンも苦笑いする。
そこに書かれていたのは「月影の記憶」と呼ばれる魔法細工のブローチを探してほしいという依頼だった。お世辞にも報酬は良くない。腕利きの冒険者なら跨いでしまうだろう。
「月影の記憶はヤンパインの森にあるそうです。初めての冒険にはちょうど良いでしょう?」
ヤンパインの森はノズルクの南にある。鬱蒼とした森であり、住民たちが足を踏み入れることは滅多にない。
「でも、あそこってクマが出るんじゃ……」
エンジェルが不安を口にする。
「だからこそ、冒険者を雇うのです。二人も雇えば十分でしょう」
この報酬を四人で割ると、一人あたりの取り分は微々たるものだ。
「誰か雇われてくれるかしら?」
エンジェルがキャサリンを見ると、一人だけ別世界に入っていた。
「じゃあ、イケメンの冒険者と知り合える絶好の機会なのね?」
「はぁ? アンタ、何考えてるのよ」
「だって、こんな時でなければイケメンと知り合えないでしょ? 店に来るのはおじさんばかりだし」
「おじさんの価値が分からないなんて、かわいそうね」
エンジェルは蔑むような眼差しでキャサリンを見る。サファイアの視線も冷たい。
「とにかく依頼主に会って、詳しい話を聞きなさい。成長の第一歩は、扉を叩く勇気からですよ。依頼主が住んでいるのは……」
サファイアが言う住所を、キャサリンは頭で覚えようとしている。エンジェルはやれやれと代わりにメモを取った。