表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロイン志願ですけど、男同士の恋愛(ボーイズラブ)を応援しますわ!  作者: 石月 主計
第2話:“普通”なんて自分で決めるものですわ!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/32

7.嘘から始まる初めてのキス

ユリウスに付き添われてレクサスの屋敷に戻ると、相変わらず先ほどの門番が立っていた。キャサリンを見るなり


「あ! おまえ、何しに来た!?」


と凄い剣幕で睨んでくる。咄嗟にユリウスが前に立ちはだかった。


「俺の彼女だけど何か?」


「えっ、坊ちゃんに彼女?」


門番は目を丸くして驚きを露わにする。


「中に入れてくれるだろ?」


ユリウスにそう言われて、サッと身を引いた。キャサリンは肩身の狭い思いをしながら後に続く。


「疑われなかったかな……」


「大丈夫さ。堂々としていればいいんだよ」


ユリウスに手を引かれて前庭を通り過ぎてゆく。屋敷の中に入るなり、数人の召使いが「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」と出迎えた。


「この人は、俺の彼女。よろしくな」


わざと強調するようにユリウスが言う。召使いたちは平然を装っているが、心の中で動揺しているのがキャサリンには分かった。


「さぁ、こっちだよ」


ユリウスに導かれるままカーペット敷きの廊下を進んでいくと、高級そうな絵画だの甲冑だのが飾られている。


キャサリンが通されたのは、屋敷の一番奥にある部屋だった。扉を開けるなり、台座に置かれた石板が目に入る。


「これが、噂の石板なのね……」


黒く輝く石板には、古代の文字らしきものが五行ほど彫られている。キャサリンが見ても、単なる記号や絵文字にしか見えず、もちろん読むことはできない。


「早く写さなきゃ」


キャサリンはポケットからメモを取り出して、一文字ずつ書き写していった。意外と時間がかかり、暑くもないのに焦りで汗が滲んでくる。


その時、廊下の方からざわめきが聞こえてきた。耳を澄ますと、召使いがレクサスを止めているようだった。


「だ、旦那様、おやめください!」


「ユリウスに彼女? どうせ、その女に騙されてるだけだろ」


心臓が跳ねる音が、キャサリンの耳の内側でこだましていた。メモ帳を抱きしめながら立ち竦む。


「ど、どうしよう……」


「任せて」


その囁きと同時に、ユリウスの腕がキャサリンの肩を抱き寄せ、次の瞬間――唇が重なった。


扉が開き、レクサスが目の前に現れる。息子が女性と唇を重ねているという事実に、見開かれたその目は明らかに動揺していた。


唇が離れると、ユリウスはまっすぐに父親を見つめた。


「何の用?」


その声は驚くほど冷静で、毅然としていた。


「す、すまん……まさか、本当に彼女だとは」


「ノックもしないで入ってくるなんて、礼儀がなってないな。出て行ってくれ!」


戸惑いながらもレクサスは部屋を後にした。扉が閉まると、ようやく室内に静けさが戻ってきた。ユリウスは肩の力を抜き、キャサリンに向き直る。


「……ごめん。驚かせちゃって」


「ううん……私こそ、騒がせちゃったみたい」


キャサリンの鼓動はまだ収まっていなかった。初めてのキス――こんな形で訪れるなんて想像もしていなかった。嬉しくて、恥ずかしくて。そして、ほんの少し切なかった。


(これが、初めてのキスなんて……ちょっと苦しいな)


そんな思いを胸に押し込めて、キャサリンは深く息を吐いた。


「さあ、続きを写そうか」


ユリウスの穏やかな声に背中を押されて、キャサリンはペンを握り直す。それでも、唇にはまだ、ユリウスの温もりが残っているような気がして、なかなか集中できなかった。


「キャサリンは、どうして石板を見たいと思ったの?」


ユリウスの問いかけに、キャサリンは少しだけ口を噤んだ。本当のことを言うべきか迷う。けれども、さっき自分を助けてくれたユリウスに嘘をつくのは、なんだか違う気がして正直に話した。


「そうか……どうして、その考古学者は石板の文字を知りたいんだろうね?」


ユリウスが目を細めてつぶやく。


「分からない……もしかしたら、ただの好奇心かもしれないけど……」


「大切なことが書かれてる気がする?」


キャサリンは頷いた。


「もし良かったら、俺もそのミュリエルって人に会ってみたいな。一緒に行ってもいい?」


「でも、お父様が何て言うか……」


「気にしなくていいよ。父さんはどうせ俺のことなんて、いなくなればいいと思ってるさ」


そう言ってユリウスは、冗談めかしてウインクする。けれども、その笑顔の奥には、ほんのわずかな寂しさが透けて見えた。キャサリンは、その瞬間、ユリウスが愛おしく思えた。


石板の写しを終え、廊下に出ると、すぐに一人の召使いが駆け寄ってくる。


「お茶のご用意ができておりますので、どうぞお召し上がりくださいませ」


「いや、彼女を送るところなんだ。今回は遠慮するよ」


「ですが……お父様がご一緒に、と……」


「父さんと一緒なら、なおさらいらない。代わりに君たちで盛り上げておいてくれ」


軽く手を振って背中を向けるユリウスに、召使いは言葉を失う。けれども、彼は気にする様子もなく、キャサリンの手を取った。


その手は、温かくて、どこか壊れやすそうで――それでも、今のキャサリンには確かな安心をくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ