5.いざ、ネトラーネへ!
翌朝早く、キャサリンたち一行とミュリエルは、コルピポを出発してネトラーネへ向かった。最初は和気あいあいと言葉を交わしていたが、ネトラーネへ近づくにつれて、すれ違う人たちの視線が冷たいことに気づく。
特にエンジェルの言葉や仕草、テオドールとエリオットの近すぎる距離には目ざとく反応した。小さな子どもが親に「見ちゃいけません」と手を引かれて去っていく。
「話には聞いてたけど、ひどいものね」
エンジェルがミュリエルに囁く。
「これでもまだマシな方さ」
「つくづく、ノズルクって自由な街だと思うよ」
エリオットが感慨深そうに言う。
「私たちは、その自由を当たり前だと思ってはいけないな」
テオドールが自分を戒めるように呟いた。
どれくらい歩いたのか。左に曲がる手前でミュリエルが立ち止まる。
「ここを曲がるとすぐにネトラーネへ入る門がある。残念ながら我々はここまでしか来れない」
「大丈夫。必ず石板の文字を写してきますね」
キャサリンは気丈に振る舞う。本当は怖がっているのが、長年そばにいたエンジェルの目には分かった。
「必ず日没までには戻ってくるのよ。もし何かあったら、アタシたちが助けに行くからむやみに動き回らないこと」
「もう、エンジェルは心配性だな……」
おどけたように笑うキャサリンに、いつものように絡めない自分が、エンジェルはもどかしく感じた。せめて抱きしめて安心させる。テオドールとエリオットは今にも泣きそうな顔をしながら、キャサリンの手を握った。
「じゃあ、行ってきまーす!」
キャサリンは手を振って、曲がり角の向こうに消えていった。
*
ネトラーネはノズルクよりも田舎であり、町の中心部にたどり着いても家並みはまばらで長閑だった。
ただ、町の至るところには「家族とは男女であるのが普通!」とか「誇りを守ろう!健全な町ネトラーネ」とか看板が掲げられていて、異様な雰囲気を醸し出していた。
道を行く男たちは、誰もがあの四人とは正反対で、男性的である。それは髭や短髪、筋肉といった分かりやすい男らしさではなく、風鳴亭のマスターを彷彿とさせる無自覚な男らしさだった。エンジェルがそばにいなければ、キャサリンは気づけなかっただろう。
庁舎はすぐに見つかった。要塞のような石造りの建物。入口ではクレームをつけにきた老人と門番の男たちが争っている。あまりにもの野蛮さにキャサリンは身の毛がよだちそうになった。
町長の家は棟続きになっていて、この辺りでは立派な豪邸である。ご丁寧に「同性愛者お断り」という札まで貼ってあった。やはり入口には大柄な門番の男が立っている。キャサリンはおずおずと声をかけた。
「あの~」
「なんだね、お嬢さん」
ギロリと睨みつけるような眼差しに、キャサリンは思わず後ずさりする。だが、ここでくじけている場合ではない。
「私、石板を見に来たんです。中に入れてくれますか?」
門番はいかにも面倒そうに片眉を上げると、キャサリンを上から下まで値踏みするように見つめてきた。
「一人で来てるようだが、恋人は? 旦那さんは?」
「いませんけど……」
「ん? それじゃ条件を満たしていないじゃないか?」
キャサリンは言葉に詰まる。
「えーと、別に女の子一人でもいいじゃないですか?」
「それなら、本当に“健全な恋愛”をしてるか、ちょっとテストしてみようか?」
門番は舌なめずりをする。
「たとえば、オレと手でもつないでみるとか……」
キャサリンは門番の顔をまじまじと見つめる。その強面はエンジェルのお眼鏡になら適いそうだが、キャサリンは違う。
「すみません。私、顔にうるさいので」
「ちっ、最近の娘は見かけで人を判断しやがって!」
門番が悔しそうな声を上げる。キャサリンが肩を竦めると、中から「何事だ」と声が聞こえて、門番より少し背の低い男が現れた。
「こ、これは、レクサス様。申し訳ございません。この娘が生意気なことを言うもんで……」
レクサスはキャサリンを見やる。権力者ならではの鋭い眼光に、キャサリンは足が震えそうになるのを必死でこらえた。
短く刈り込んだ髪、蓄えられた髭、よく鍛えられた厚みのある上半身。そしてパッチリと見開いた潤んだ瞳が印象的だった。
「わ、私、石板が見たいんです」
キャサリンは勇気を振り絞って訴える。
「何のために?」
「そ、それは、考古学に興味があるからで……」
「ならば、ネトラーネの始祖は誰か答えてみよ」
レクサスの問いかけに、キャサリンは頭をフル回転させる。
(シソ? 紫蘇に名前なんてあるのかしら?)
「えっと……大葉さん?」
レクサスはしばらく思案顔でいたが
「この女を追い返せ!」
と言い残して去っていった。後に残されたキャサリンは唖然として門番と顔を見合わせる。門番はニヤニヤしながら
「お嬢さん。実は裏ルートってやつもあるんだぜ。もちろん、条件付きだがな」
と意味深な交渉をしてくる。頭に血が上ったキャサリンは
「結構です!」
と啖呵を切って踵を返した。




