2.サファイア先生、現る
片付けが終わった後、キャサリンはお礼にとエンジェルにお茶を振る舞った。
エンジェルは「そんな余裕あるの?」と口先だけの心配をしたが、好きなお茶を出されて、黙って飲み始めた。
「う~ん、今日もノズルクは平和ねぇ」
そう言ってキャサリンは気持ち良さそうに背伸びする。
工房の窓からは、朝の通りを行き交う人々の声が聞こえてきた。洋服屋の娘が歌いながら店を開け、鍛冶屋の親父が鉄を打つ音が遠くから響いてくる。
ノズルクは、北方の大地にひっそりと広がる小さな街。大都市ほどの活気はないが、四季の巡りと人々の暮らしが、穏やかに息づいている。
「平和すぎて、こっちは退屈よ。刺激がほしいわねぇ」
「また恋に落ちる予定でもあるの〜?」
「無いわよ、そんな簡単に相手が見つかるわけないでしょ」
エンジェルは小さく肩をすくめ、お茶をすすった。
その時、表で馬車が停まる音がした。キャサリンが誰だろうと窓の外を覗こうとした瞬間、扉が勢いよく開いた。
「サファイア先生!」
そこに立っていたのはアカデミーの教師、サファイアだった。腰に手を当ててキャサリンを睨みつける。
「キャサリン・グレイスウッド!」
「は、はいっ!」
「課題の提出は今日の九時までと言ったはず。何を暢気にお茶など飲んでいるのですか!」
「そ、それはその……」
まとめられた銀色の髪。メガネの下から覗く眼差しは、針のように鋭く冷たい。
「アタシが飲みたいって言ったのよ」
「エンジェル……」
「どっちみち調合に失敗したから、間に合わないんだけどね」
サファイアは目を丸くする。再びキャサリンに向き直ると説教を始めた。
「庇ってくれるんじゃなかったの~?」
そんなキャサリンの悲鳴は誰にも届いていなかった。