17.後悔が終わるとき
ノズルクの街に入った四人は、風鳴亭を通り過ぎて、西の郊外にあるヴィンセントの家へ向かう。たどり着いたのは夕暮れが迫る頃だった。
扉を開けると、中の空気がひんやりとしている。寝台ではヴィンセントが毛布をかけて横たわっていた。
「ヴィンセントさん……大丈夫ですか?」
キャサリンが寝台まで近づくと、顔色のすぐれないヴィンセントがゆっくりと笑った。
「戻って来てくれたんだね。ありがとう……」
その声からは具合の悪さが伝わってきた。
キャサリンは月影の記憶を取り出し、そっとヴィンセントの手のひらに乗せる。窓から差し込む夕陽を浴びて、赤く煌めいていた。
ヴィンセントの目に光が宿り、涙がこぼれ始める。
「ありがとう……アリオスとの思い出が蘇るようだ」
愛おしげに握りしめて、胸に押し当てる。
キャサリンは道中で起こった奇跡を話した。ヴィンセントは感慨深そうな表情を浮かべて、何度もしきりに頷く。そして
「儂もアリオスの想いを受け止めていたら、未来は変わっていたのかもしれないな」
と自嘲気味に笑う。後悔とも諦めともつかない横顔。エンジェルがその肩にそっと寄り添った。細くて今にも折れそうな肩。
「これが報酬だ。少ないかもしれないが、みんなで分けると良い」
ヴィンセントは枕元の袋を指差す。キャサリンが遠慮がちに手に取ると、ずっしりと重い。そう感じるのは初めての冒険を終えたからなのか、今さらながら依頼の重さを痛感しているからなのか。
ヴィンセントは苦しそうに胸を押さえる。次第に呼吸も荒くなってきた。
「お医者さんを呼びますか?」
キャサリンの申し出をやんわりと断る。
「大丈夫じゃ。儂はもう思い残すことは何もない」
「でも……」
「アタシが残るわ」
エンジェルが名乗りを上げた。
「アタシなら、いざという時に回復魔法が使えるし」
他の三人も残りたそうな顔をするが、エンジェルの気迫に帰らざるを得なかった。
「もし何かあったら、私たちを呼んでね」
キャサリンは気遣わしげにエンジェルを見た。
「大丈夫よ。アンタはぐっすり眠って明日に備えなさい」
エンジェルは、テオドールとエリオットを見やる。
「お二人さんはお幸せに」
二人はもじもじしながら俯く。エンジェルはフッと笑って扉を閉じた。
*
夜が更けようとしていた。キャサリンは寝台の上で大の字になり、深い眠りに落ちていた。
どれだけ外で音がしても、月が明るく部屋を照らしても、目を覚ます気配はない。まるで、重圧から解放された子どものようだった。
テオドールとエリオットは、ひとつの寝台で身を寄せ合っていた。互いの温もりを確かめ合いながら、言葉少なに微笑みを交わす。安堵と幸福と、少しの照れ臭さが混ざり合う、静かな夜の時間だった。
その一方で、エンジェルはただ一人、ヴィンセントの枕元に寄り添っていた。次第に弱々しくなっていく呼吸。回復魔法はもはや効力を示さず、エンジェルは見守るしかできなかった。
「……アリオス、迎えに来てくれたのか」
ふと、うわごとのようにヴィンセントが呟く。エンジェルは辺りを見回すが、人の気配は無い。
「あの日、おまえの想いに気づけなかったこと、森の中へ置き去りにしたこと、今でも後悔しておる。それでも許してくれるのかい?」
エンジェルはヴィンセントの手を両手で包み込む。ヴィンセントは満足そうな笑みを浮かべ、それっきり何も言わなかった。
「バカね……。そんなに長い間、一人で背負い込まなくても良かったのよ」
エンジェルの目から、とめどなく涙が流れた。




